煙から世界を読む

煙から世界を読む

横浜国立大学教授、情報哲学者 室井尚の「煙から世界を読む」
第2回 「エビデンス」という嘘!

前回ご紹介したWHOの「勧告」に引き続き、7月には、FCTC(タバコ規制枠組条約機構)第二回会議において「屋内完全禁煙」方針が採択されました。*1もし、これが全面的に各国政府に受け入れられるとすれば、三年以内に加盟126国で、カフェ、レストラン、バー、空港、鉄道駅は全面的に禁煙となります。喫煙所や喫煙コーナーもすべて撤去されてしまいます。「屋内分煙」という概念は明確にこの会議で否定されました。その理由としては「受動喫煙には安全なレベルはなく」、換気や空調などのいかなる技術的工夫によっても「タバコ煙0%」は達成できないからと言われています。


いよいよタバコ戦争が始まりました。


これはもはや国家間の争いではなく、喫煙を愛する人々と、それを憎み地球上から絶滅させようとする人々との間の長くて過酷な戦争になることでしょう。問題は後者の人々がWHOのような国際機関で主導権を握り、偏った「健康」イデオロギーと「浄化」の思想によって、全く反論や異質性を認めない不寛容な政策を全世界に押し付けようとしている点にあります。


さらに大きな問題は、これらの人々が「科学的証拠」(エビデンス)という言葉を旗印に掲げ、これに反対するあらゆる意見を封じ込めようとしている点にあります。国際機関や「科学」の権威を振りかざして、何かを暴力的に決定しようとするこれらの人々が、ローマ法王や「神学」の権威をかさに着て異端審問や魔女狩りを行った中世の宗教権力者とほぼ同じであることは言うまでもありません。コペルニクスやガリレオの末裔であるはずの科学者たちの一部が、今度は逆に異端審問を行っているわけで、歴史の皮肉を感じざるをえません。


本来科学者とは疑い深い人々、あるいは疑い深くなければならない人々のはずです。彼らは仮説、実験、検証というプロセスがけっして終わらないということをよく知っているはずなのです。科学哲学の世界でカール・ポパーやパウル・ファイアーアーベントが言っているように、反証されえない理論は「科学」ではありえない(反証可能性)のですが、彼らは逆に科学の名の下にあらゆる反論を拒絶しているのです。


してみると「明証性」(エビデンス)という言葉を持ち出して圧力を加えることが、いかに「非科学的な態度」であるかは明らか(エビデント)ではないでしょうか?


彼らが言うところを見てみましょう。WHOが発行している「タバコ・アトラス」では、次のようなことが言われています。*2


* たばこはその常用者の半数以上を死に至らせることができる唯一の消費財であり、そのうちの半数以上が30歳から69歳の間で死亡している。
* 喫煙により20世紀には約1億人が死亡した。この傾向が続けば21世紀の間に10億人が死亡すると予想される。
* 肺がんの90%、慢性気管支炎、肺気腫の75%、心臓疾患の25%は煙草が原因である。
* 煙草には4000種以上の化学物質が含まれ、そのうち少なくとも60種類以上は発がん物質である。
* 約10億人の男性(先進国の男性の35%と発展途上国の男性の50%)と、2億5000万人の女性(先進国の女性の22%と発展途上国の女性の9%)が喫煙者である。等々。

こうしたショッキングなフレーズは、統計学的操作、すなわち数字をさまざまな形でいじくることによってでっちあげられています。たとえば、この引用の範囲内ですら、一番上のフレーズは既に破綻しています。最後の引用にあるように、世界には約12億5000万人の喫煙者がいるわけですから、半数の6億2500万人が死に至り、さらにその半数の3億1250万人が30歳から69歳の間で死亡しなくてはなりませんが、別のフレーズに書いてあるように実際は20世紀全体で約1億人の死亡しか推定されていません(しかも、それすら推計です)。


ある疾病や症状の原因を突き止める方法として、疫学(統計学)、実験医学、予防医学的アプローチがあります。そのうち、タバコ・アトラスなどで述べられている「タバコの害」を説明できるのは疫学的研究しかありません。つまり、死者が喫煙者であったか非喫煙者であったかを調査することによって、その病気の発生率の違いから喫煙の影響を「推計する」という調査だけしか行われていないのです。肺がんで死んだ人の中で喫煙者の数がたとえば4-5倍多いという調査から、「タバコが肺がんの原因である」という結論が導き出されます。病気には主因と副次因があると思うのですが、そんなことはおかまいなしに「原因だ」と決めつけられます。さらには、同居人が喫煙者だった人と、同居人のすべてが非喫煙者だった人の調査から、「受動喫煙による肺がん死は1.1-1.3倍」というようなデータを引き出して、そこから「受動喫煙による肺がんの危険性は25%以上高い」というような結論が導き出されます。


 一見もっともらしく見えますが、これらの調査はけっして「タバコが肺がんの原因である」という因果性を証明しているわけではありません。疫学的調査のうち、親族のガン発生率、居住地の交通量、職場でのストレス、食物の嗜好、性格、職業などの違いを加味した調査はほとんど存在していないのです。1.1-1.3倍というような数字が本当に受動喫煙によるものなのかどうかは確かめることはできません。また、日本の「健康増進法」の根拠となっている平山雄博士の「受動喫煙による肺がん死は5倍」という調査が完全にでっちあげであったことは今日広く知られています。


 もちろん私は疫学的調査のすべてがデタラメであると主張したいわけではありません。タバコが何らかの作用を及ぼしている可能性は確かに否定できないとも思います。けれども、これらの調査から引き出されてくる数字は余りにも誇張されたものが多いのも事実なのです。肺がんの原因の90%がタバコであるなどというのは、明らかなでっちあげにほかならないと思います。*3


こういうかなりいかがわしい「科学的証拠」キャンペーンが、国際機関や医学系学会などの権威を背景に広範に行われている現在の状況は異常としか言いようがありません。そして、ドアの隙間から漏れるほんの僅かな煙まで「有毒物質」として忌避しようというような極端で異常な考え方までが「エビデンスに基づいている」と言われるのですから、空いた口がふさがりません。どうして乗り物の喫煙車や、室内の喫煙ルームまで閉め出さなくてはならないのか、そこには何の根拠も存在しないのです。


そして、実験医学的アプローチでは、タバコの煙と肺がんなどの病気の因果性は一度も検証されていないという点にも改めて注目しなくてはなりません。これまで数多くの研究者が、ラットやマウスに大量のタバコを強制喫煙させたり、気管切除して無理矢理「受動喫煙」させたりしてきましたが、一度もガンの発生は見られませんでした。同じような実験で、自動車の排気ガスやアルコール、ダイオキシンなどでは如実にガンが発症しているのに、タバコ煙では一度も認められていないのです。せいぜいのところ血管が収縮するとかいう程度の結果しか得られていないのに、これほどまでに「有毒性」が喧伝されているのはタバコだけです。私は「嫌煙運動=自動車会社陰謀説」に与しませんが、それでも実験医学的にその害が証明されている排気ガスやダイオキシンといった、日常生活で普通に触れている化学物質と比べて余りにも不公平だという感は拭えません。


最後に予防医学的な研究ですが、「4000種以上の化学物質が含まれ、そのうち少なくとも60種類以上は発がん物質である」というのは、何もタバコに限ったことではありません。ニコチン以外はすべて有機物を燃やした時の煙に普通に含まれているものです。「あの猛毒のダイオキシンも含まれている」って、物を燃やせば少量のダイオキシンやタールが含まれているのは当たり前のことです。バーベキューや焼き魚、キャンプファイアなどの煙の成分とタバコの煙の成分はほとんど同じなのです。サンマを焼く煙とほとんど変わらないのに、あたかもタバコだけが「猛毒」であるように誇張されているだけです。まあ、どうもこれらの人々は「火」や「煙」一般を「健康に有害」なものとして嫌っているような気がします‥‥。「火」や「煙」こそ、人間がサルから進化した時に手にした文明の象徴なのにね。それに我々喫煙者にとって「火」や「煙」は、くつろぎとやすらぎを感じさせてくれるとても重要なものですよね。


このように見ていくとWHOや世界ガン機関などが声高に主張する「タバコの害」は科学的「エビデンス」とはかけ離れたとんでもないものであることがわかります。煙が嫌なのは分かります。棲み分けをする「分煙」が最も合理的な解決策であることには私も同意します。


けれども、いったい彼らが屋内分煙を全面否定して、受動喫煙に「安全なレベルはない」とする根拠は何なのでしょうか? 測定不能なレベルの微小な煙でも安全ではないとする根拠は? あるいはなぜ彼らは屋外であれば安全であると言うのでしょうか? 彼らの言うことは疑わしいことばかりです。


 ただ、彼らが言いたいことだけはよく分かります。四の五の言わずに、我々科学的権威が言う通りにして、タバコを吸うのをただちに止めろ。有毒物質を蒔き散らす喫煙者には何の権利もないし、反論も許さない。もし反論があるとしたらそれはタバコ産業と結託しているに違いない。これに従わない国家や集団は、「科学的エビデンス」に逆らう異端者と見なし、徹底的に迫害する。‥‥要するに、こういうことだと思います。


タバコを愛し、健康には充分に留意しながら、その習慣を自己責任で続けることを願う我々は、こうした脅しに対して、いったいどのようなアクションを起こしていくべきなのでしょうか?


*1 http://www.who.int/gb/fctc/PDF/cop2/FCTC_COP2_17P-en.pdf
(松崎道幸氏による日本語訳は、http://www.nosmoke55.jp/data/0707cop2.html)
*2 タバコ・アトラス(tobacco Atlas):
http://whqlibdoc.who.int/publications/2002/9241562099.pdf
*3 嫌煙運動が繰り広げる、タバコの害についての誇張され捏造されたキャンペーンについては、私の論考「嫌煙運動という神経症」(http://www.bekkoame.ne.jp/~hmuroi/kenen.html)をご参照下さい。
室井尚(むろい ひさし):横浜国立大学教授、情報哲学者
2007.07.31