紫煙を楽しむ
文化としてのたばこ |
「文化」の定義は、学者や辞典によって大幅に異なります。広辞苑によれば、「文化とは、人間が自然に手を加えて形成してきた物心両面の成果。衣食住をはじめ技術、芸術、道徳、宗教、政治など生活形成の様式と内容とを含む。」となっており、冗長な定義です。一方、筆者が推奨したい定義は、司馬遼太郎によるものですが、「文化とは、一見不合理にみえても精神の安らぎを与えるもの。」といった簡潔かつ的確な文化の定義です。 一見したところ不合理で、精神の安らぎを与えるものは、我々の身の回りにたくさん転がっています(絵画、音楽、小説、映画、演劇等の芸術然り、衣食住然り、嗜好品然り)が、大切なことは、文化には多様性があり、ある一つの文化が人類全体にとっては必ずしも共通ではない点です。したがって、文化の多様性に対して、いかに寛大な心で接するかが問われることになります。文化の多様性を理解してもらい、それに対して寛容の精神をもって接することが大切だということを、我々としても、もっと広くPRしないといけないと思います。 たばこも文化そのものです。初期には宗教行事に使われていたとされるたばこの最古の史料としては、メキシコの「パレンケ遺跡」の「十字架の神殿」の最上部にあるマヤの神官が喫煙するレリーフ(浮彫り像)がありますが、マヤ文字の解読の結果から紀元692年のものとされています。たばこと塩の博物館(東京都渋谷区)の中二階に、マヤの神官が喫煙するレリーフの原寸大のレプリカが展示されていますので、まだご覧になっていない方は一度見学されることをお勧めします。 たばこは、その後、1492年のコロンブス一行による西インド諸島到達を契機として、ヨーロッパに伝来しますが、薬としてのたばこの時代を経て、国や地域により、様々な形態のたばこ(パイプたばこ、葉巻、嗅ぎたばこ、噛みたばこ、水たばこなど)が普及し、芸術的な喫煙具も導入されました。我が国では、江戸時代を中心として「細刻みをキセルで吸う文化」が普及し、キセル、たばこ入れ、たばこ盆など、粋な小道具が庶民の間で流行しました。19世紀後半から20世紀になり、大量生産型で手軽なシガレットが世界的に大流行することになります。手軽に喫煙できるシガレットの時代となり、マナーや作法がおろそかになったきらいがあります。 「たばこの煙が苦手」という人でもマナーをきちんと守ってくれれば、たばこは問題ないという方が多いのです。感情的な嫌煙家は論外ですが、愛煙家がマナーを守って喫煙を楽しむのは、文化そのものではないでしょうか。個々の文化に対しては、人によって「快」「不快」が起こりうるのですが、仮に「不快」と感じた場合でもそれを許容する度量が今や試されているのです。 最近、「サイドカーに犬」で著名な長嶋有の「パラレル」を読んでいたら、「結婚は文化」だそうです。最初に紹介した司馬遼太郎の文化の定義に照らし、当たっている気もします。 |
川原遊酔(かわはらゆうすい) |