紫煙を楽しむ
ニコチンの先端科学 |
2009年1月20日付の日経新聞に、ニコチンに関する注目すべき先端科学の知見が掲載されました。京都大学の矢崎一史教授らは、タバコの根で合成されるニコチンが葉に貯蔵される際に働く遺伝子を発見したというもので、1月20日号の米国科学アカデミー紀要(PNAS)の電子版に掲載されました。この遺伝子の働きを調節できれば、将来、無ニコチンのたばこを開発できる可能性が出てきたわけです。 実は、ニコチンがタバコの根で合成されることは以前からわかっていたため、トマトに接木した(地下部をトマトにした)タバコを栽培して、無ニコチンの葉たばこを作成する技術は存在しており、トマト接木たばこを試製したところ、喫味が今ひとつだったため、それ以上は進展していませんでした。ニコチンは、タバコ属植物以外でも微量ながら検出されていますが、やはり量的にはタバコ属植物が特異的に多く、葉たばこの喫味や喫煙の依存性とも深く関係し、ヒトの精神状態を中性化する(沈静時に興奮させ、興奮時に沈静化させる)成分としても注目されています。 遺伝子レベルの先端科学は、対象が動物であろうと植物であろうと、近年飛躍的な進歩が見られているところですが、筆者としては、早速、今回報道された原著論文を取り寄せ、内容を確認しました。 それによると、この研究は、京都大学、岡山大学、ベルギーのゲント大学などに所属する植物系分子生物学や薬理学の研究者10名による国際共同研究として行われました。彼らは、タバコを用いた細胞レベルの実験で、ニコチンの合成を司る遺伝子が活動すると活性化する特別の遺伝子を発見し、「Nt-JAT1」と名づけました。酵母に「Nt-JAT1」を導入して調べたところ、タバコの葉で働き、葉の細胞の液胞の中にニコチンを運び入れていることを見出しました。また、「Nt-JAT1」は、ニコチン以外の化合物も運ぶ役割もあり、この遺伝子を別の植物で働かせれば、植物に由来する化合物を多く貯蔵する新品種も作ることができるということが示唆されました。たばこを無ニコチン化すべきか否かについては、議論が分かれるところですが、今後、研究チームは、たばこメーカーなどの研究スポンサーを探しながら、研究を進展させていきたい意向があるようです。 ニコチンに関しては、以上のような先端科学的知見以外でも、アルツハイマー病患者では脳内アセチルコリン遊離量が低下しており、ニコチンがニコチン性アセチルコリンレセプターを活性化することによってアルツハイマー病に対して防御的に作用するとの知見であるとか、ニコチンの代謝分解を司るCYP2A6という遺伝子多型を調べて、ニコチンをコチニンに代謝分解しにくい人が日本人で20%程度存在するとの知見など、枚挙に暇(いとま)がないぐらいにあるのです。 |
川原遊酔(かわはらゆうすい) |