紫煙を楽しむ
職場禁煙でも心筋梗塞による死亡・入院は減少しない |
従来、「公共の場の禁煙で心臓病が減少する」との疫学報告が散見されていましたが、2009年3月に公表された全米経済研究所のKanakaらの報告によると、米国における1990年―2004年の大規模データベースを用い、「職場禁煙や公共の場の喫煙規制」と「心筋梗塞や他の疾患による死亡率・入院」との関係について調査した結果、「職場禁煙や公共の場の喫煙規制」は、「心筋梗塞等による死亡率・入院」の減少に対して、ほとんど統計的に有意な関連を持っていないことが明らかにされました。 また、小規模データによるシミュレーション分析では、公表論文で報告された職場禁煙等による心筋梗塞の大きな減少と同様に、心筋梗塞の大きな増加も示すことが明らかにされました。 本報告は、従来、報告されていた「公共の場の禁煙で心臓病(心筋梗塞等)が減少する」との説と異なる知見(すなわち、公共の場の禁煙で心筋梗塞等に影響しないとの知見)ですが、そもそも、心筋梗塞は、年次変動や地域変動があるため、既報告にみられるような小規模サンプルを用いた研究結果では、一定の結果につながりにくいことを指摘しています。 更に、今回の著者らは、公共の場の禁煙の後に循環器疾患の増加を示したとの研究結果は、公表用の論文として投稿されにくいこと(いわゆる「公表バイアス」)も示唆しています。 この点に関しては、既に本シリーズの『改めて疫学の限界を問う』において、本年1月15日付の産経新聞の「公共の場の禁煙で心臓病減少」との新聞記事を紹介しながら、問題点を指摘しつつ、改めて疫学の限界を指摘しました。産経新聞の報道では、藤原らによる報告によって「受動喫煙の法規制で速やかに予防効果が出ることが立証された形」と記載されているように、「公共の場の禁煙」と「心臓病の減少」との間に、いかにも因果関係があるかのようになっていましたが、受動喫煙の法規制で心臓病が減少したとする報告のみを選択した「選択バイアス(selection bias)」の問題点並びに「影響あり」との研究結果のみが投稿・公表されやすい「公表バイアス(publication bias)」の問題点について、筆者も指摘したところです。 実は、良心的な公衆衛生学の教科書には、「疫学には、偏り、交絡、偶然性がある」あるいは「一般に、データから関連性が観察されても、直ちに因果関係に結びつけられない」と記載されており、疫学には一定の限界があるのです。 本報告は、公共の場における喫煙規制によって心臓病等の循環器疾患が減少するとの従来の説に対して、警鐘を与える貴重な報告と言えます。 |
川原遊酔(かわはらゆうすい) |