紫煙を楽しむ

疫学の現状と課題 |
1. 疫学の現状 疫学は、古くは、伝染病(感染症)の原因究明に威力を発揮しましたが、近年では、がん、心臓病、脳卒中などの非特異的疾病の要因解析にも用いられるようになりました。疫学の手法としては、疾病と要因の関係について、過去に遡って調べる後向き調査、未来に向けて調べる前向き調査(コホート調査)(大規模健康集団を追跡調査)及び横断的に調べる調査などがあり、それぞれ一長一短があります。このうち、未来に向けて調べる前向き調査(コホート調査)は、手間と時間はかかりますが、信頼性が高いとされています。 疫学的には、たばこを吸うと、がんになりやすい、すなわち、がんのリスクが高まるというデータが発表されてきています。これまでに行われた多くの疫学的研究から、喫煙、特に紙巻たばこの喫煙は、肺がん、口腔がん、喉頭がん、膵臓がん、膀胱がんなどの重要な危険因子となっていることが明らかにされました。これらのがんのほか、胃がんでは喫煙と弱い関連が認められ、また、女性では、子宮頸がん、乳がんについて喫煙との関連が論議されています。 喫煙とがん等の疾病との関係についての我が国の疫学的研究としては、1965年に開始された平山のコホート研究が有名であり、引用される頻度も高いのですが、詳細データが公表されないなどの批判もされています。現在は、津金らによって厚生労働省のコホート研究等が行われています。これまでの疫学的研究結果から、日本人の癌についての喫煙の寄与率が試算されていますが、それによると、喫煙の寄与率は、約20%と推計されています。 疫学は、集団を対象として疾病の要因を調査し、交絡因子も含めて解析することによって、疾病の原因を解明するための重要な学問です。しかしながら、一般的には、がんのような非特異性疾患の疫学的調査結果により個人のレベルで原因を特定することは困難であるとされており、疫学には、偏り、交絡、偶然性などの問題点や限界があることを認識した上で、各種の疫学的調査結果を考察する必要があります。 ところで、最新の疫学報告をここで追加しておきますが、文部科学省のコホート研究において、能動喫煙と女性の乳がん発症率の関係が調査され、2008年に公表されました。それによると、乳がん発症率と能動喫煙との関係は、非喫煙者のリスク比を1.00とした場合、現喫煙者のリスク比が0.67(95%信頼区間:0.32〜1.38)で、関係は見られませんでした。また、喫煙本数が多い者においても、乳がんリスク比の増加は見られませんでした。
2. 疫学の課題 喫煙と肺がん等に関する疫学的研究結果のうち、大規模健康集団を対象として行われるコホート調査は、おおむね10年―20年程度を調査して、喫煙者群が、肺がん等のたばこ病で早死するような結果が発表されています(いわば、「サッカーの前半戦」の結果のみの発表)が、仮に、すべての調査対象者が死亡するまで追跡調査すると、非喫煙者でも必ずなんらかの死亡原因によって最終的には死亡しますので、非喫煙者に特異的に多い死亡原因が顕在化するはずです。残念ながら、そうした研究結果はこれまでにほとんど発表されていません。この理由としては、通常、40才以上の大規模健康集団を対象としたコホート調査を行う疫学研究者自体が、次世代の研究者に跡を引き継ぐのが極めて困難なことから、10年―20年程度追跡して一旦調査を終了してしまうからではないでしょうか。したがって、将来、すべての調査対象者が死亡するまで追跡調査して結果を発表するようなコホート調査(いわば「サッカーの後半戦」)を行えば、従来と異なった結果が出てくる可能性があります。
また、近年進展の著しい遺伝子レベルの研究(分子疫学的研究)の結果は、現段階では未だ混沌とした状態ですが、将来的には、このような分子疫学的研究によって個人ごとの疾病リスクが特定され、たばこや酒との相性も含めた個人の生活様式のあり方についての医学的勧告が行われる時代が到来する可能性があります。
(参考文献)
※掲載写真は全て久山町役場ホームページより引用いたしました。 |
川原遊酔(かわはらゆうすい) |