紫煙を楽しむ

紫煙を楽しむ

川原遊酔(かわはらゆうすい)の「紫煙を楽しむ」

受動喫煙問題を再検証する

受動喫煙問題については、既に本シリーズ16(改めて疫学の限界を問う)、シリーズ17(受動喫煙の疫学の問題点)、シリーズ19(分煙への取組)及びシリーズ29(職場禁煙でも心筋梗塞による死亡・入院は減少しない)において解説してきましたが、最近、公共の場における禁煙化の根拠として、「受動喫煙の悪影響」が公然と喧伝され、全国各地の自治体を中心として、禁煙化(一部分煙化)が加速しつつありますので、改めて、この問題について検証してみたいと思います。

なお、2011年1月28日の週刊ポストに掲載された「受動喫煙防止法」も、同様の問題を孕んでいます。

たばこを吸っていると、その煙が周りの吸わない人に悪影響を及ぼすことを受動喫煙といいます。受動喫煙によって、吸わない人の目、鼻、喉などに刺激を与え、迷惑となることは、これまでにも指摘されてきていますが、「公共の場の禁煙で心臓病減少」との新聞記事が、2008年1月15日付の産経新聞などに掲載されました。

記事の要点を紹介すると、公共の場や職場を禁煙にした法規制すなわち受動喫煙の法規制で心臓病が大幅に減少したとの海外の研究報告をとりまとめた結果が、日本禁煙学会理事の藤原久義兵庫県立尼崎病院長らによって学会誌に発表されたというものです。それによると、5種類の海外の研究報告を引用していますが、ここでは、詳細は割愛します。

これらの報告は、いずれも、「公共の場等の禁煙」と「心臓病の減少」との関連性を指摘している疫学報告であり、後述のような問題点があります。ところが、新聞報道では、「受動喫煙の法規制で速やかに予防効果が出ることが立証された形」との記事にあるように、「公共の場等の禁煙」と「心臓病の減少」との間に、いかにも因果関係があるかのようになっていました。

 筆者は、『紫煙を楽しむ』シリーズ5の「死亡率は100%」において、疫学上の推計値によって個人の疾病罹患原因を判定することはできないなどの疫学の限界について既に指摘したところですし、上記の疫学報告を鵜呑みにする読者は少ないとは思います。しかしながら、最近、この種の疫学報告の報道があまりにも多いので、今回、以下に掲げるような問題点を指摘しつつ、改めて疫学の限界を問うことにしました。

第一の問題点は、受動喫煙の法規制で心臓病が減少したとする報告のみを選択した「選択バイアス(selection bias)」が想定されることです。いわば、受動喫煙の法規制を行う上で都合の良い報告だけを抽出して発表したに過ぎないという可能性です。

第二の問題点は、医学的報告に多い傾向にある「公表バイアス(publication bias)」です。つまり、『影響あり(positive finding)』の報告の場合に、研究者も学会発表する気になる上、医学雑誌にも受理されやすいが、逆に『影響なし(negative finding)』の報告の場合だと受理されにくいというバイアスであり、今回引用されている5種類の報告にも公表バイアスが存在する可能性があります。

第三の問題点は、調査対象数が数十例と少ないか、%でしか統計調査がないので、別の時期に統計を取ると、逆の結果が出かねないという点です。

実は、良心的な公衆衛生学の教科書には、「疫学には、偏り、交絡、偶然性がある」あるいは「一般に、データから関連性が観察されても、直ちに因果関係に結びつけられない」と記載されており、良心的な医学者は、疫学の限界を認識しているのです。今回引用されている疫学報告において、どのように、偏り、交絡、偶然性の観点からの検証が行われているかは明らかではありません。

これらの報告の一部において、受動喫煙した非喫煙者の方が能動喫煙者より心筋梗塞の減少効果が大きいとしていますが、仮に百歩譲って受動喫煙の影響があるとした場合、近年における受動喫煙の最大の被害者(?)は、喫煙の都度、喫煙室等に入ることによって、環境中たばこ煙(ETS)に曝されている喫煙者本人であるはずであり、それよりも受動喫煙の少ない非喫煙者の方が心筋梗塞の減少効果が大きいとは、なんとも合点(がてん)のいかない報告です。

上記のような問題点があることから、これらの疫学報告では、受動喫煙の法規制で心臓病が減少したとは言い切れないこと及び改めて疫学には限界があることについて指摘しましたが、読者におかれましては、この種の疫学報告の報道を読む際に、十分留意していただければと思います。なお、本シリーズ29で紹介したように、職場禁煙でも心筋梗塞による死亡・入院は減少しないとの注目すべき疫学報告も存在します。

近年、夫からの受動喫煙を受けた非喫煙の妻が肺がんになるリスクが高くなるとの疫学論文が発表されるようになって、受動喫煙問題がクローズアップされるようになりました。

夫からの受動喫煙を受けた非喫煙の妻の肺がんになるリスクに関する疫学論文は、1981年から2003年までに49報ほど、発表されています(平山の論文もこの中に含まれています)。しかしながら、受動喫煙の影響が統計の誤差を超えて認められた論文(受動喫煙の影響が認められた論文)は、12%(6報)しかなく、88%(43報)の論文は、統計の誤差の範囲内(受動喫煙の影響が認められない論文)でした。つまり、受動喫煙による肺がんリスクは大部分の論文で認められていないということを意味しており、このような結論を覆すような追加論文は、その後も認められていません。

また、2010年9月28日には、「年間約6,800人が受動喫煙起因の肺がんと虚血性心疾患で死亡」との研究結果が、厚生労働省研究班によって発表されましたが、この受動喫煙による死亡者数の推計値は、受動喫煙による死亡数の上昇を報告する疫学研究結果によるリスク値を用いて、様々な仮定を置いて試算されたものであって、受動喫煙によってリスクが上昇する結果と上昇するとは言えない結果の両方があり、未だ科学的結論が得られていない中で行われた点で、問題のあるものです。

以上のとおり、受動喫煙による肺がんリスクは大部分の疫学論文で認められておらず、また、その他の受動喫煙の影響を調べた論文においても受動喫煙が有害であるとは一概には言えない状況であるにもかかわらず、世間では、いかにも受動喫煙の害が確定しているかのように報道されており、受動喫煙の防止のためということで、公共の場や職場の全面禁煙化が加速しつあることは憂慮に堪えません。

喫煙マナーを守ってくれれば、たばこを吸うのは構わないという人が80%以上いらっしゃる一方で、たばこの煙が苦手という人も存在しますので、受動喫煙問題への対処法としては、「喫煙マナーの遵守」と「分煙化」に尽きます。

川原遊酔(かわはらゆうすい)