禁煙ファシズムにもの申す

禁煙ファシズムにもの申す

アメリカ禁煙事情

パイプによる喫煙や機械巻きのシガレットも、禁煙・嫌煙運動も、そして近年の葉巻ブームも、その発祥はみなアメリカである。そのアメリカからイングランドへパイプ喫煙が伝わったのは1571年以前のことだが、これがオランダを経て我が国へ伝えられると、茶の湯との結び付きを持ちながら独特の喫煙文化を創りあげたのである。

ちょうど、摂取した中国文化が、咀嚼・消化・吸収の過程を経て、我が国の文化として織り変えられたように、パイプ喫煙の姿は元の形からすっかり変わり、工芸品とも云うべき我が国独特の喫煙具が創り出されたのである。

我が国のパイプ、即ちキセルは更に朝鮮半島を経て中国北東部からシベリアへ伝えられ、ロシアの交易商がアラスカのイヌイットへもたらしたとされる。さらに、喫煙習慣を持たなかったカリフォルニア北部のアメリカ原住民達はイヌイットからパイプ喫煙を教えられ、パイプによる喫煙のグローバル・サーキュレーションが完成したのである。我が国の喫煙文化はここで重要な役割を果たしていたことになる。

さて、パイプ喫煙発祥の地、アメリカのシカゴで毎年5月に開催される世界最大規模のパイプ・コンヴェンションに招待され、我が国の喫煙伝来史について90分ほど講演をしたときの話である。

この偉大なる嫌煙国、アメリカで果たしてコンヴェンションの参加者はいるのかと訝(いぶか)りながら出かけたものだが、会場のリゾート・ホテルは完全に満杯で、半径四q以内のホテルも全て満室という大盛況である。2日間のコンヴェンションの延べ参加者数は5千人に達したと発表されたが、警備の警官によると開場前には400人ほどが列をなしていたという。

アンティーク・パイプ、新品のパイプ、実に豊富な種類のパイプ・タバコ、パイプのアクセサリー類、書籍など200を越すブースが並び、各種講演会やシンポジウム、パイプ・シガーディナー、パイプ・スモーカーのゴルフ・コンペ、パイプ・ウィドウのための昼食会などなど、実に多彩な催しが繰り広げられた。

前日まで、禁煙だったロビーやレストラン、ノン・スモーキング室も全館葉巻やパイプの煙で咽(むせ)かえり、コンヴェンションの翌日はこの臭いをどうするのかと、余計な心配をするほどである。

そんなコンヴェンションを前に、シカゴのオヘア空港へ降り立った時のことである。ダウン・タウンへ行くタクシーを待っていると、妙齢で美形の女性が声をかけてきた。タクシーの相乗りをしないかというのである。海外ではよくあることなので、「喜んで。」と答えて乗り込んだタクシーの中で、その服装から航空会社の職員かと問いかけると、くだんの女性は美しく微笑んで、「いいえ、弁護士です。」と答える。何の弁護士かを尋ねると、何と「喫煙の害に対する法廷弁護士です。」との答え。

筆者が手にしているパイプを見て、「日本では喫煙率が高いそうですね。」との問いに、それを誇りにしていると答える。驚いた彼女は「どういうこと?」と訊く。先進工業国の中で喫煙率が一番高い日本が、同時に世界一の長寿国であることを知っているかと答えると、「知りませんでした。」と目を丸くする。

次いで、“健康寿命”というのを知っているかと尋ねると、これも知らないという。やはり、日本が世界一だが、米国は何番目か分かるかと訊いてみるが、もちろん知るわけがない。「米国は世界で24番目です。」と教える。彼女の目は更に大きくなる。

「タバコの害をこれほど問題にし、喫煙率が先進国で最も低く、そこいら中でジョギングをする人を見かけ、ダイエットに夢中で、健康器具や健康食品、はてはビタミン剤までが飛ぶ様に売れているアメリカの健康寿命が世界の24番目という事になると、タバコの害との関係はどうなるのか?」との問いに彼女は黙りこくってしまった。

しばらくして、「私の娘の写真を見ますか?」と、かわいい子供の写真を取りだし、話題を変えてきた。おまけに、筆者より先に降りた彼女は筆者のホテルまでの代金も払ってくれたのである。

この単純な三段論法に勝てなかった弁護士が、「タバコの害」を標榜して何億もの賠償金をタバコ会社に支払わせているのである。陪審員の心証を得ることが法廷弁護士の役目だとすると、美女であればこのレベルでも良いのかと奇妙な納得をしたものだ。しかし、我が国で論議されている民間人の裁判への参加には、このような問題は起こり得ないのだろうか?

コンヴェンションでこの話を披露すると、ヤンヤの喝采である。もちろん、タバコに全く害がないと強弁するつもりはないが、「タバコの害」が「より有害なもの」を覆い隠してはいないだろうか。そもそも、1970年代に米国で「喫煙の害」説が大きく取り上げられたのは、自動車の排気ガスが問題化し始めた時のスケープ・ゴートであったとする見方がある。タバコ屋よりも自動車屋の政治献金が多かったからというのである。

その真偽はともかく、タバコの害が喧伝され、広告が禁止されると麻薬の害が急速に増え始めたことは事実である。1992年6月にウィーンで開催された「コロンブスのアメリカ発見500年記念シンポジウム」に、国際パイプ・アカデミーの会員として参加したが、印象に残っているのがチューリッヒ大学の教授(社会学)が、統計資料を基に強調していた、「タバコの広告を厳しく禁止している国と麻薬の蔓延には相関関係がある」との説である。

なるほど、広告の禁止が他の先進国に比べて緩い我が国の麻薬の蔓延は、そうでない先進国よりはるかに低いのである。タバコの自動販売機がやり玉にあがっているが、タバコと麻薬のどちらかの選択にせまられたら、読者諸氏はどちらを取るであろうか。筆者が評議員をしている国際パイプ・アカデミーのドイツ人会員は、自国の青少年を麻薬から守る為に、自費でパンフレットを作り青少年にパイプを熱心に勧めているのである。

ヒステリックとも云える、アメリカの嫌煙ブームは、新しい葉巻ブームをもたらし、法律で禁止されている筈のハバナ産の葉巻が欧州からインターネットで流れ込んでいるのである。コンヴェンションでも、“ハバナ”とおぼしき香りが流れていたが、皮肉なことに、このコンヴェンションの主催者の一人は元FBIの幹部である。

失敗した禁酒法が、マフィアを太らせるだけに終わったアメリカは、今度は麻薬で太らせるのだろうか。アメリカの禁煙事情が今後どうなるか、時計の振り子の様に両極端へ振れるアメリカを注意して見守りたい。

日本パイプクラブ連盟会長
国際パイプアカデミー終身会員
鈴木 達也

(本稿は、渋沢栄一の記念財団発行の「青淵」第632号に掲載された記事に手を入れたもの。)

2006/12/26