禁煙ファシズムにもの申す

禁煙ファシズムにもの申す

文学者 小谷野敦の禁煙ファシズム闘争記

今年の二月、妙なニュースがあった。神奈川県で、喫煙規制の条例を作ることに賛成か反対か、インターネット上でアンケートをとったところ、最初は賛成が優位だったのに、終了間際に反対が上回り、調べたら、日本たばこ産業の職員、たばこ販売店などの「組織票」が動いていたという。松沢成文知事は「残念だ」などと述べて、アンケートのやり直しをすることにしたという(朝日、読売、毎日が報道)。

おかしな話である。もし「組織票」がいけないなら、なぜ禁煙団体の組織票も排除しないのか。第一、輿論調査、あるいは社会調査なるものが、インターネットを使ったアンケートなどというものでまともな結果が出ないことは、リサーチ・リテラシーの常識、いや、普通に頭を使えば分かることだ。

要するにインターネット上に場を設けておいて、個々人が自発的にそれに意見を言うという方式なら、その論点に対して常々強い意見を持っている者たちがもっぱら回答してくることになるから、その結果は激しく偏るに決まっているのだ。たとえば、「憲法九条を改正すべきか」という論点でそんなことをしたら、護憲派の市民団体が動いて、八割から九割が「改正反対」ということになるだろう。そんなことは分かりきっているから、新聞だってそんなバカな調査はしない。しかるべく無作為抽出し、こちらから尋ねて結果を出すのである。

それくらい分かっているはずなのに、こんなバカバカしいアンケート調査で、JTの組織票があったなどという、輪をかけてバカバカしいニュースをさも不祥事であるかのように報道するのだから、もう新聞の誠実さは地に落ちたというほかない。

インターネットを使ってのアンケートというのは、インターネットが使える環境にある者にしかできないのだから、当然、知識階層、高学歴層に偏る。一般労働者、肉体労働者がそんなものに意見を言うわけがないのである。かつて、東武鉄道、京王電鉄、小田急電鉄などが、愚かにも地上駅のプラットフォームを全面禁煙にしてしまった時も、アンケートをしたとか言い、東武と小田急は、賛成が七割くらいになったと称していたが、いったいどうやって調査したのか。

調査方法を明らかにしたのは東武で、メールによる東武鉄道の情報配信に登録している人たちに尋ねたという。そもそも、そんなものに登録している人々が、一般の利用客全体を代表しているとは、とても思えない。現に私の実家は東武線沿線だが、そんなものに登録してはいない。日光方面に行楽にでも行くような有閑階級だろう。

小田急は、沿線住民にアンケートをとったと言い、その方法は明らかにしていないが、小田急の沿線住民もまた、小田急電車の利用者を代表してはいない。ある世帯で、夫が答えるか妻が答えるかによっても違ってくるし、小田急沿線に住んでいたって、自動車通勤している者は、日常的な電車の利用者ではないだろう。

唯一、まともな調査をしたらしいのが京王で、その結果、プラットフォーム全面禁煙に賛成したのは「三割を超えた」と新聞で報道された。三割を超えたということは、四割に達しないということだ。それでなぜ、全面禁煙に踏み切るのか、理解不能だ。「超えた」という表現は新聞のものだが、京王側の発表でもあろう。

私は、京王や小田急に、「健康増進法は、分煙を勧めているだけであって、禁煙など勧めていないだろう」と手紙を出したし、電話を掛けて言ったが、そういう声が多かったせいか、その後駅員を問い詰めても、「健康増進法」と言わなくなった。

ある大新聞の記者に、禁煙ファシズムとの戦いをしている、と言ったら「新聞も多数派に勝てないということでしょうか」と言ったので、多数派などではない、と訂正した。だいたい、喫煙者の率自体が、全体で四割を切ったかどうかというあたりだし、三十代、四十代の男では、依然として五割を超えている。

嫌煙を積極的に主張しているのは、私の見るところ、中年女性、あるいは以前は吸っていたが老齢に及んでやめ、やめたことを立派なように思って他人にもやめるよう求める、いわば改宗者ほど熱心な伝道家になるような心理の高齢者たちである。アンケートなどというものに進んで回答するのが、こうした主婦、引退者といった暇のある層であり、喫煙率の高い、働いている男たちに、そんな暇がないのは、分かりきったことだ。嫌煙家の率は、正当に計算すれば、三割というところだろう。

そして喫煙者たちは、忙しいから、新聞に載っていない、私たちのような意見を耳にする機会は少ないし、たとえ耳にしても、面倒だからいちいち戦おうとはしない。嫌煙者が多数派のように見えるのは、いわば、六〇年安保の時に国会議事堂を取り巻いた学生たちが、所詮は少数派に過ぎなかったようなものである。

小谷野敦:東京大学非常勤講師
比較文学者
学術博士(東大)
評論家
禁煙ファシズムと戦う会代表
2007.07.11