禁煙ファシズムにもの申す

禁煙ファシズムにもの申す

文学者 小谷野敦の禁煙ファシズム闘争記

「毎日新聞」で、医師・中川恵一氏のコラム連載が始まったのには瞠目させられた。

中川氏はガンの放射線治療の専門家として知られ、コラムもガンに関するものだが、同氏は、先般、禁煙ファシズム批判の対談を山崎正和氏と行った養老孟司氏の弟子であり、「とにかく長生きすればいい」という死生観に批判的だし、タバコの話こそ出てこないが、いつまでも「死なないつもり」の日本人を批判する文言も既に登場している。

実際、WHOや厚生労働省は、タバコのために三十万人だか何千万人だかが死んでいると、まるで南京大虐殺の人数を増やしたがる人びとのように騒いでいるが、日本人の平均寿命はもう八十近い。ではその人たちが死ななければ、もっと伸びるというのか。そんなに伸ばしてどうするのか。

平均寿命が低いのは、アジア・アフリカの国々だが、それは何もタバコのせいではない。要するに医療が発達すればこれくらいが平均寿命だという限界まで来ているのであって、何ゆえそう騒ぐのか分からない。

さて、先ごろ、愛知県一宮市の愛知きわみ看護短大という看護師養成の短大が、喫煙者は入学を許さないと決めたというので新聞記事になっていたが、「また禁煙ファシスト」という以前に、短大へ入学するのはだいたい十八歳であり、法律で喫煙は禁じられている。

かく言う私も、大学入学以前には吸っていなかった。社会人枠もあるし、二十歳以上の人もいるだろうが、私はこの短大に、こういう規定は、まるで十八歳でも喫煙が認められているかのような誤解を世間に与えるという意味で抗議したい。

先ごろ、さる法学者の大学准教授が、酒を呑んで騒ぐ未成年の大学生に腹をたてて、今度は警察に通報するなどとブログに書いていたが、慣習に従って、大学生の飲酒に警察は介入しないだろうし、私は未だかつて、未成年の学生の飲酒を取り締まるどころか、注意をした大学さえ聞いたことがない。

私は何も、高校生でもじゃんじゃんタバコを吸えと言っているわけではないし、タバコはうまいぞ、吸わない奴は人生の楽しみを知らないのだ、などと言っているわけでもない。

単に、成人の喫煙は合法行為なのだから、むやみと迫害を加えるなと言っているだけだ。

もう一つ、タクシーの全面禁煙に異議を唱える、歴史学者・秦郁彦氏の投書が朝日新聞に載った(九月六日)。

秦氏はまさに、南京大虐殺は七万人くらいと試算し、これだって十分「大虐殺」なのに、何ゆえ三十万人などと数を増やすのかと問うている、まともな学究である。ただ、その文末が気になった。「私を含め喫煙者は減少傾向にあるとはいえ、なおマイノリティーとは言い難い。喫煙の権利も尊重されていいと思う」とあるのだが、むしろマイノリティーであればこそ、権利は尊重されなければなるまい。

実際、喫煙者をニコチン中毒などと呼んでバカにする奴らがいるが、もし仮に喫煙者がニコチン中毒者であり、タバコ会社に騙されて中毒になった気の毒な病人であれば、ますます、その権利は守られねばなるまい。そのくせ、一方では、喫煙者は自分の意思で喫煙するようになったという「自己責任」論で、他人に煙を吸わせるなという。

「タバコ会社に騙されて中毒になった」というのと、論理的に整合しておらず、この両者を使って、一方では「ニコチン中毒」と笑いものにし、一方では加害者のように言われる、こんなバカなことが認められたら人権不在国である。

かつて山崎氏が書いていたように、エイズ患者もまた、むやみにセックスをすればそれを他人にうつす恐れがある。薬害の患者とは別に、セックスでエイズになった者までが、まるで英雄のように扱われるのはおかしいのだ。

経済・社会学者のフリードリヒ・ハイエクは、国家の横暴を留めるのは法の支配だと主張したが、今の日本は(他国のことは知らないが)、行政が法を超えて権力を揮っている状態で、健康増進法には「分煙の配慮義務」が定められており、喫煙者の誰も分煙に反対などしていないのに、厚生労働省課長通達で「全面禁煙が望ましい」などという文言があって、これが法を超えた力を持っている。

まず、未成年の飲酒・喫煙は違法であり(改正するというなら早急にすべし)、成人の飲酒・喫煙は合法であって、憲法十三条の幸福追求権によって保護されることを確認すべきである。

小谷野敦:東京大学非常勤講師
比較文学者
学術博士(東大)
評論家
禁煙ファシズムと戦う会代表
2007.10.17