禁煙ファシズムにもの申す

禁煙ファシズムにもの申す

文学者 小谷野敦の禁煙ファシズム闘争記

「毎日新聞」への公開質問状

禁煙ファシズム記事が比較的少ないというので、私は二年ほど前から毎日新聞をとっている。だが、社内の禁煙派の巻き返しでもあるのか、十一月八日朝刊社会面に「喫煙注意され殴る」という記事が出た。十月に、JRの府中本町駅で、喫煙所でない場所で喫煙していた男を注意した男性I氏(34)という人が、怒った相手に殴られたというのだ。殴ったのは無職男性・H氏(41)で、顔や腹に暴行を加え、顔面骨折などの怪我をさせ、起訴されたという。そのことが分かったという記事である。

むろん暴力はいけない。しかし、電車や駅構内での乗客同士のこの種のいさかいは日常茶飯事であり、そのことは翌日のまとめ記事にも書いてあり、他の新聞はこの事件を特に報道していない。

ネット上で流した社もあったが、これは明らかに禁煙ファシズム記事である。

JRの駅などは、喫煙所があるからまだいい。京王や小田急、東武など私鉄は、プラットフォーム上を全面禁煙にしており、まったくの喫煙者迫害と言うほかなく、私は京王や小田急に手紙で抗議したこともあるし、喫煙所がある駅ならそこで吸うが、まるでない場合は、人がまばらな場所を選んで喫煙している。駅員に注意されてどなりつけたことも何度かある。

記事の最後には、こうある。「Iさんは、これまでも禁煙場所での喫煙を注意して無視されたり、怒鳴られたりした経験があり、喫煙者のモラル低下に心を痛めてきた。『相手を思いやれない人が増えた。公共の場を自宅と勘違いしているのでは。今後も毅然とした態度を貫いていきたい』と話している」。これで終りである。

確かに電車内などでのモラルは低下している。九〇年以前は、東京では、電車から人が降りるのを待ってから乗り込むのがマナーとして守られていた。大阪ではわれがちに乗り込むなどと言われたものだが、今では、東京でも平然と降りる人を押しのけながら乗ってくる者がいる。だが、喫煙に関して言えば、モラルが低下したのではなく、自治体や鉄道会社、大学などが、むやみと喫煙可能な場所を減らしているのだ。

この加害者H氏にしても、当然人権はあるわけで、そのことに対する怒りが蓄積されていたのだろう。だが、そちら側の言い分は載せていない。現に私はかねてから禁煙ファシズムを批判しているのに、別に私でなくともいいが、擁護する識者の意見も載っていない。これは、新聞による被告の人権侵害ではないか?

そもそも、この事件によって考えるべきことは、新幹線を全面禁煙にするなどという暴挙に出たJR東日本、また急行などを全部禁煙にした小田急、東武など鉄道会社のやり方が、行き過ぎではないかという反省であり、毅然とした態度などではないはずだ。

しかし、この被害者I氏が悪いのではない。禁煙場所での喫煙を注意するのは正義であると断言しているに等しい厚生労働省や自治体や鉄道会社、それに対する反対意見があるということを伝えない新聞などマスコミの犠牲者なのである。

もちろんこの記事自体が、喫煙者は暴力的で犯罪者だという印象を与えようとしてのものであり、悪質であると言わざるをえない。現に私は、喫煙を注意する駅員を(まだ一般人に注意されたことはない)怒鳴りつけているが、断じてモラルが低下しているとは思っていない。

鉄道営業法では、禁煙とされている場所での喫煙は禁止されているのだから、何なら喫煙者を逮捕すればいいのだ。そうすれば、プラットフォーム上全面禁煙という措置が憲法違反だとして堂々と刑事裁判ができる。

毎日新聞には、このような記事を載せたことについて、是非とも社の見解を説明してもらいたいと思う。もし間違いなく自分らは正しいことをしたというなら、私の反論文を掲載し、それに答えてもらいたい。

小谷野敦:東京大学非常勤講師
比較文学者
学術博士(東大)
評論家
禁煙ファシズムと戦う会代表
2007.11.15