禁煙ファシズムにもの申す

禁煙ファシズムにもの申す

ある喫煙所での出来事
伊達 国重

とある小雨降る五月の朝、例によって勤務先の近くの馴染みの喫茶店でお茶を飲むために駅の近くまで行ったら、駅からぞろぞろと通勤客が降りてきました。

すると、その中のサラリーマン風の小太りの若い男が顔をしかめて左手で辺りの空気を払いながら歩いてきました。男の左側には自治体が作った灰皿設置の喫煙所があり、そこで数人の男女が紙巻タバコを吸っていました。

右手で空気を払いのけるそぶりを見せるのは、タバコの煙が嫌だという意思表示でしょう。

朝っぱらから、他人に好んで喧嘩を売る無神経な振る舞いをする奴もいるものだなと思って、すれ違いざまに顔をまじまじと見ると、年の頃は35歳前後でしょうか、メタルフレームの眼鏡をした、いかにも神経質そうな顔つきの男です。全身から不快な人物であるという雰囲気がにじみ出ています。職場でも仲間に嫌われて、浮いている奴でしょう。

すると「何だ、この野郎。文句があるのか!」という怒声が喫煙所から響き渡りました。近くの建築工事現場で働いていると思われる作業服を着た威勢の良いアンちゃんが、その嫌煙サラリーマンの仕草を見て、カチンと来たのでしょう。

素知らぬ顔して行き過ぎようとするこの嫌煙サラリーマンに「おい、待て。この野郎!」と怒鳴って喫煙所から飛び出してきました。

するとその嫌煙サラリーマンは、差していた傘を振り捨てて全力で走り出しました。喫煙所でおとなしくタバコを吸っていた喫煙者に喧嘩を売ってはみたものの、相手が悪いと思って逃げ出した訳です。その逃げ足の速いこと。

アンちゃんは少し追いかけましたが、嫌煙サラリーマンが脱兎のごとく逃げるので、捕まえて小突き回すのも面倒だと思ったのでしょう、悠然と戻ってきました。

立ち止まってその一部始終を見ていた私は、少しバツが悪そうな表情のアンちゃんに「よく言った。ああいう無礼な奴がいたら、たっぷりお灸を据えてやりなさい」と励ましました。

そのアンちゃんは「はあ」と返事して、私にペコリと頭を下げました。私が30歳くらい若ければ、その勇み肌のアンちゃんと同じ行動をとったと思います。

私の代わりに馬鹿者を追い払ってくれたアンちゃんの行動に感心して気分が良くなった私は喫煙所の輪に加わって、ポケットからパイプを取り出しておもむろに吸い始めました。
 「へえー、パイプですか」とアンちゃんが話しかけたところから会話が始まり、アンちゃんいわく「あいつ、あそこの会社に勤めている奴だと思うんだけど」と指差して「俺が朝、作業の休憩時間にここで一服している頃に、駅から降りてきて、いつも煙を払いのける仕草をしていくんです。これまで何度かありました。アタマにきていたから、ぶちのめしてやろうと思っていたんです」とのこと。

私は「今の世の中は、自分からわざわざ喧嘩を売っておきながら、相手が喧嘩を買う態度を示すと逃げたり、警官に助けを求めるような腐った奴が多いから気をつけてな。ぶちのめす必要はないけど、胸倉をつかんで軽く小突いてやれば、ああいう奴は弱虫だから、二度とふざけた真似はしないと思うよ。あの馬鹿をぶちのめして怪我をさせると君が悪いと言うことにされてしまうからな」と忠告しました。

アンちゃんは「はあ。気をつけます」と頭を下げて、仕事に戻っていきました。

見ると、嫌煙サラリーマンが捨てていった傘が、開いたまま道脇の植え込みに落ちています。新品に近い良い傘でした。私は拾って、駅前の交番に届け出ました。

世の嫌煙者に忠告します。気分良く、喫煙所でタバコを吸っている見知らぬ喫煙者に喧嘩を売るようなまねはやめなさい。喧嘩を売る以上は、それなりの覚悟をして喧嘩を売りなさい。

2010/07/01