禁煙ファシズムにもの申す

禁煙ファシズムにもの申す

『ピース哀歌』
岡崎 けい子

あわれ秋風よ 情けあらば伝えてよ。

還暦をすぎた老女が嘆くそのわけを。

今や高嶺の花となりて、愛煙のピースをしぶしぶ諦めざるをえないことを。

税金徴収の鬼となりし悪役人どもが、庶民のささやかな生きる慰めを 一片の憐憫さえ見せずに紫煙を高嶺の花となしたのだ。

四十四年の心のうさをなぐさめ励ましてくれた馥郁たるあの香りとついに決別せねばならぬこの辛さは断腸の想いである。

思い起こせば青春の挫折の中で初めてピースをくゆらせたとき

眼の前の苦悩をひとつひとつ乗り越えていかねばならぬ宿命を自覚した。

以来屈辱や貧しさを味わうたびに、心の傷を紫煙がそっとカバーしてくれた。

父を知らずに生れてきた子にこの世のあらゆる苦難は容赦なく襲いかかり、幾度も自虐の危険な誘惑に駆られた。

しかし、その時、黄色いピースの箱から取り出した一本の紙巻タバコをくゆらせると、冷静な思考に導いてくれたのだ。

『…いつだって死ねるではないか。生き抜くことの方が数百倍もの勇気が要るのだ。

お前はこの世の修業を捨ててはならぬ…』と、文殊菩薩の私を諭す声を聞いた。

絶望の淵から知恵の世界に引き戻してくれるのがいつも我が愛するピースである。

さてさてしかし今や日本に喫煙を許すところなく、罪悪と化し、堂々とタバコを吸えるのは、パチンコ屋、警察の留置場のごとき喫煙ルームと我が家のみ。

ぼったくりにあうのも嫌、牢獄に入る度胸もなし、さすれば傾きかけた陋屋で独りタバコをふかして老猫を相手に愚痴をこぼす。

「日本人は歴史を無視するようになって久しい。このままじゃ過去のタバコ愛好家の偉大な人物も天界で泣いているじゃろうて。なあ、ウルムチ君…」

夏目漱石、芥川龍之介、北原白秋、など多くの文学者はタバコを愛した。

とりわけ私が敬愛する坂口安吾はピースの愛好家だった。

戦国の世にバテレンたちのもたらしたタバコはすっかり日本人の習慣になじみ、身分を問わずあらゆる階層の日常生活に不可欠なものとなった。

またタバコの葉の生産は貴重な換金作物であったから農民に生きがいをもたらした。

そして乾燥して刻んだタバコの葉を入れる煙草入れは職人の手で美しく飾られ、趣向を凝らせた細工物は、根付の種類の多さと精緻さに驚かされる。

遊女も女房も大奥のお女中もタバコ盆は人生の必須道具となった。

ゆったりと流れる時に身を任せ、倦怠の相手に紫煙をくゆらせ、疲れた身体をいたわる時には必ず一服したものだ。

キセルの雁首の取り替え屋や掃除屋までも商売になるゆったりとした時代であった。

21世紀の今の日本は、人情紙の如し。

ああ、いよいよこの国には住めませぬ。

はるかヨーロッパのオランダは人間に一番やさしい国であるとある人が教えてくれた。

いえいえ東洋の国々も仏陀の教えの通じるところはいたって穏やかな人間が住んでいる。

私もいそいで旅支度をしよう。

自殺者が毎年3万人を越えても涙一つ見せずに、我が身の栄華だけを追求することが

立派な人と教えられる子供たちは、学問をしてあの冷酷無比な役人になりたいという。

それにつけても憎っくきは「タバコを吸うと肺がんになる」「受動喫煙の被害を受け、毎年6800人が死んでいる」と、大嘘を平気で吐く医者どもだ。

彼らは喫煙のボケ防止の効能には口をつむぎ、数字を操ってニセ統計をマスコミに流し、

タバコを悪の代名詞に偽装することに成功した。

認知症で自分の存在さえ分からず、ベッドで寝たきりで長生きしたとてなにが楽しかろう。

老人の豊富な経験が生かされる社会であってこそ、知恵ある国といえるのだ。

何の根拠もないのについに喫煙者の殺人者呼ばわりが定着していく。

されどああ、悲しいかな四十四年ピースの甘き香りに魅了された私めは

日本でしかピースが売られていないのをよく知っているのです。

断ち切れぬピースのへの未練が改めてこの国を出ることをためらわす…。

しばし、押入れから取り出したスーツケースを見つめながら一服する。

止めだ!止めだ!

オランダの国営マリファナなんか吸いたくもない!

私が求めているのは思考の一助となり、ストレスをやわらげてくれるタバコであって、

自己破滅の快楽のみを追う麻薬ではない。

象牙と瑪瑙のシガレットホルダーを探し出してみた。

そうだ、これがあったのだ。

今までの金持ち流の吸い方は止めて、最後まで吸おう。

これまで灰皿に捨てていた部分をも楽しむことにしよう。

江戸時代の人々はみんな刻みタバコだった。

一服をいとおしくくゆらせたのだ。

明治に専売となって日露戦争の軍費を集めるためにタバコ税が値上げされ、紙巻タバコの

ケース入りを買うと、お国のために貢献していると自己満足できたのだろう。

日露戦争に勝って金持ちになったと錯覚し、根元まで吸わずに灰皿に捨てる悪習が日本人に身についてしまった。

『まさしく、もったいない!』

増税分のお金は相変わらずの役人の天下りや愚鈍な議員たちの給料に消える。

高額納税者としては不愉快極まりない。

タバコ税の大幅増税を迎えてピースへの変わらぬ愛を誓う「永遠の不良少女」K子の愚痴である。

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2010/10/05