パイプの愉しみ方
『50にして煙を知る』第2回
「パイプの国はイギリス」と勝手に思い込んでいる。
少年時代に読んだシャーロック・ホームズが、たしかパイプを愛用していたなあ。助手のワトソンも吸っていただろうか?
パイプにぴったりの服装は厚手のハリスツイード・ジャケットと、やはりツイードの帽子だろう。
ビートルズの映画「レット イット ビー」―。
どんより曇った冬のロンドンで、スーツにコート、帽子で決めた紳士が、パイプをくわえながらゆっくり梯子を上り、ビルの屋上で行った彼らのラスト・コンサートを見に行く風景がなんともイギリスらしい雰囲気だった。
ホームズがいつもくわえているパイプはゆるいカーブを描いたとものだと記憶している。思い込みとは恐ろしい。
オークションでも、ホームズが吸っていたと思い込んでいた形のものばかりを買い込んだ。「それはベント型というんだ」―先輩たちが教えてくれた。テーブルに置いても転がらず、すっと立つものはビリヤード型というらしい。
「葉タバコは一体どんな種類を吸ったらよいか」まで、とても思いは至らない。「これ、どうぞ」と、平野氏が愛用しているハーフ&ハーフ、半分以上残っている袋をカバンに入れてくれた。
会場では隣にいた方が初心者を憐れんで、葉を詰めてくれ、火も点けてくれたが、家に帰れば自分でやるしかない。
不器用とは私のためにある日本語だ。ねじ回し、折り紙、プラモデル製作といった手先を使うことから、車の運転に至るまで、まるでダメだ。
できることは日本語の「読み書き」と「しゃべり」だけである。
「人生は、あなたみたいに政治とビートルズ、ラグビー観戦がすべてじゃないのよ」と言って、私の前から去って行った女を思い出す。
その不器用男がハーフ&ハーフを指でつまみ、パイプに押し込む作業に挑戦する。ボロボロ外に葉がこぼれるが、「そんなこと気にしていられるか」である。
葉を奥まで押し込む棒(なんて言いましたでしょうか、名称をわすれました)を取ろうとパイプをテーブルの上に置くと、ベント型だから転がってしまい、せっかく詰めた葉がテーブルにこぼれる。
実はここで、もういやになってしまったが、即座に平野氏の顔が思い浮かぶ。「そうだ、そうだ、めげてはならないのだ」。
100円ショップに行き、ガラスの灰皿を買い、そこにパイプを置きながら、ようやく葉をつめることに成功した。
もちろん、詰め方の微妙な力の入れ具合なぞまったく考えず、ジャンジャン詰め込んで、やや 柔らか目に上から指で押しただけだが。
ボウルを左手で握りしめ、ポーズをとる。「なかなか似合うじゃないか」と一人悦に入る。
ここから、さらに点火という難題が待っていた。数多くマッチを擦ったことがないからだ。
マカロニウェスタンで、カウボーイたちが手のひらで風をよけてチャっとマッチを擦る姿のようには、なかなかいかない。
力を入れすぎると軸がポキリ、うまく点いたと思えば、すぐ消えてしまう。ようやく点火したマッチを斜めに傾け、パイプを近づけるうちに軸の真ん中まで燃えてしまい、「あちち」と放り投げてしまう。
パイプを口にくわえたまま、両手を自由にしてマッチを擦り、軸まで火が燃え移ったものを葉に近づけた。
ところが、しばらくすると葉に点いた火も消えてしまい、なかなか続けて吹かすレベルまで達しない。
この辺で、初日はあきらめた。パイプレストの存在を知るのは、まだ先だ。