パイプの愉しみ方

パイプの愉しみ方

「パイプに惚れて 2」

市川澪

――昭和51年11月に第3回の世界プスモーキング選手権大会が東京の帝国ホテルで開催され、見事にレディース部門で優勝なさいましたね。

ええ、思い出の、そして感激の世界大会でした。大会役員としてJPSCの柏木さんが大会委員長、岡部一彦さんと片桐昌さんが副委員長をなさるなど日本パイプクラブ連盟とJPSCとが総力をあげて開催した大会でございました。

世界大会の司会進行役はタレントのE.H.エリックさん。深みのある素敵なお声で日本語、英語、フランス語を自由にあやつり、華麗で見事な司会振りでした。80分経過のアナウンスがあった時、女性陣で残っていたのは私と東海パイプクラブの伊藤あけみさん、それとフランスチームの方の3人だけでした。するとフランス人の方がすぐに手を挙げて「消えました」という合図をなさり、日本女性2人の間で一騎打ちになりました。3位になったフランス人の方はワイユさんというお名前だと後で知りました。

消えないように一生懸命に喫っていたら、伊藤さんが手を挙げて「消えました」の合図。その瞬間に私の優勝が決まり、場内からレディースチャンピオン誕生のアナウンスがあり、盛大な拍手があったようですが、私は精神集中して無我夢中で一心不乱に喫っておりました。伊藤さんが消えて1分あまりして私も消えてしまいましたが、その直後に報道陣の皆様が取り囲んでパチパチ写真を撮って下さり、「レディース優勝したんだな」という嬉しさがこみ上げて参りました。

表彰式ではダイヤモンドのネックレスなど豪華な賞品をたくさん頂き、本当に嬉しかったです。ダイヤのネックレスは30年間あまり、いつも身に付けておりました。

世界大会では、出席なさった全員の方に、私が手作りしたパイプのポーチをプレゼントして、とても喜んで頂きました。ポーチの表地は着物の端布、裏地はパイプのポリッシュクロスで作りましたから、「珍しい」と思われたのでしょう。

――よくそんなに多くの高価な着物の生地が手に入りましたね。

実は、私は当時、帯屋さんの二階に住んでおりましたので、着物の端布はいくらでも譲って頂けましたの。 世界大会のレディースチャンピオンになったら、テレビ局から出演依頼が相次ぎました。最初がTBSテレビの「モーニングジャンボ 奥様8時半です」。打ち合わせの際に、「パイプを喫いながらスタジオに入ってきて下さい」と言われて、マックバーレンの葉っぱを喫いながらスタジオに入っていったら「わぁー!良い香り!素敵!」とお褒めの言葉を頂きました。


次がフジテレビの小川宏さんの「モーニングショー」でした。どんな話をしたかは忘れてしまいましたが、8年前に小川宏さんのサイン会があったので伺って、小川さんに「26年前に女だてらにパイプを喫って世界大会で優勝したというので、小川さんのモーニングショーに招かれました。覚えておいでですか?」と話しかけたら、ちゃんと覚えていらっしゃいました。

NETの「アフタヌーンショー」にも出演いたしました。どこのテレビ局だったか、忘れたけど「素敵な女達」というテーマでパイプを喫う女性が何人も一緒に出て、番組の中で喫ったこともありました。NHKラジオの「ニュース102」という番組にも数回出演しました。

当時、ダンヒル社の会長だったリチャード・ダンヒルさんからも「ホテル・オークラでダンヒルサロンを催すので、ぜひご出席を」と招待状がまいりました。お招きくださったリチャードさんへのご挨拶に、私が手作りしたパイプ用のポーチを持参してプレゼントしたら、たいそうお喜びになりました。

実はポーチは10本作っていて、リチャードさんらお世話になっている方々に1本ずつプレゼントするつもりでおりましたの。最初にお会いしたリチャードさんに「この中から、どれかお好きなものを一つ選んでください」とお見せしたら、「全部下さい」と強引に持っていかれたのです。彼は気品のある英国紳士で、とても素敵な方でしたので、強引さに戸惑いながらも全部差し上げました。

リチャードさんは「半年待って下さい。お返しにあなたに似合うパイプをお作りしてプレゼントします」とおっしゃったの。そうしたら彼が本当に作って半年後に送ってきて下さいました。ダンヒル社にパイプを注文したら、普通は3年待ちだという話を聞いていたので、とても嬉しゅうございました。そのパイプがこれですの。ボウルの部分を五分咲きのバラの花のように形作った素敵なパイプです。

嬉しくてJPSCの皆さんに「リチャード・ダンヒルが私のために作って贈って下さった」とお見せしたら、皆さん口を揃えて「市川さん、それは贋物だよ。ダンヒルがわざわざ作る筈がない」とおっしゃいました。そこで私が「DUNHILL」と金文字で印した赤い革のケースもご披露したら、「あっ、これは本物だ、女は得だな」ということになりましたの。(笑)

思いがけず高価なパイプを頂戴したので、私は銀の綴れの着物の帯地を使って、頂いたパイプの絵を描いたパイプたばこ入れを作ってリチャードさんに贈りました。そうしたら、とても喜んで下さって丁寧なお礼状が届きました。以来、リチャード・ダンヒルが来日するたびにダンヒルサロンに招かれました。彼は引退なさって相当経つけど、お元気かしら。

ダンヒルサロンでは、当時の駐日アメリカ大使にもご紹介して頂きました。パイプたばこがお好きだということでしたので、私が作ったたばこ入れとポーチをセットにして差し上げたら、喜んで握手して下さって、とても強く握り締められたので、手がしばらく痺れたことを思い出しました。

また市川染五郎さん、松本白鸚さん、岩井半四郎さん、中尾彬・池波志乃ご夫妻にもパイプポーチをプレゼントして、親しくお話をさせて頂くことができました。                        

読売巨人軍の藤田元司監督もパイプ党でした。藤田さんがセリーグ優勝した時、優勝祝いに亀と鶴の模様のパイプポーチのセットをプレゼントしました。藤田さんが「日本シリーズで優勝したら、何をくれる?」とおっしゃるので、「日本一になったら、パイプポーチを10本作ってあげるわよ」と言ったら、優勝したので、約束どおり10本作ってプレゼントしました。野球選手や監督は、隠れてシガレットを吸っていた人が多かったけど、藤田さんは人前でも堂々とパイプを喫っていらして、とても素敵でした。

巨人軍の土井正三選手もパイプが好きで、マクバーレンのたばこが好きになって、そうしたご縁で関東大会にもゲストで出てくれました。

世界大会の後でしたが、当時、銀座のたばこセンターで、ハンドメイドパイプのオークションが毎年開かれておりまして、私も手作りのパイプのポーチ、シガレットケース等を出品させて頂きました。売り上げは障害児のための募金「あゆみの箱」に寄付することになっており、当時、この運動を推進なさっていた森繁久彌さんから感謝状を頂きました。ささやかですが、少しでも人のお役に立てて良かったなと思いました。

――最後に伺うのも変ですが、市川さんがシガレットを吸うようになったきっかけは?

 私の父は東京・銀座の有名な鞄店に鞄を卸しておりました。とても忙しくて手を休める時間もないので、私が小学生の時には「おい、澪子(れいこ)。たばこに火を着けてくれ」といつも頼まれていました。私がたばこを銜えて火を着けて手渡すととても喜んで吸っていました。私の名前は澪(れい)ですが、父は澪子(れいこ)と呼んでおりました。

そんな事情で、子供の時分からたばこの味は知っておりました。女学校に入ると悪戯なクラスメイトが隠れてこっそりとたばこを吸って、私にも吸うように勧めましたが、私は子供の時から吸い慣れてシガレットの味は知っているので、吸いたいとも思いませんでした。

成人して、お酒を飲む機会があると、たばこを吸いたくなりました。酒とたばこはとても合うんですね。パイプを吸う前に吸っていたのは薄荷入りのシガレットです。

思えば、昔、私が若い時分に池袋の東武百貨店の中にあったたばこセンターに、易学の鑑定士さんがたまたまいらして、私の生年月日を尋ねるので、答えたら「あなたは何らかの形で世界一になる。ただしお金にはあまり縁がない」と占われました。今から思えば当たっております。こんなことなら女のプロゴルファーにでもなれば良かったと思います。(笑) でもやっぱりパイプで良かったと思います。

 近頃、禁煙、禁煙とやらでタバコも値上がりし、シガレットを止めたくても止められない方がいらっしゃるようですが、わざわざ医者に行かないとシガレットを止められないくらいなら、パイプに転向なさったらどうでしょうか。芳醇な香りと、美味しい煙を少しずつ味わい、たゆとう紫煙を目で追いつつ、優雅な人生のひと時を堪能するのがパイプです。

タバコ代もシガレットより、ずっと安いし、パイプも婦人用の着物と同様に高価なものもありますが、十分に使える練習用パイプは数千円程度であります。そして日本各地のパイプクラブを訪ねてみてください。きっと楽しいパイプ仲間が見つかると思います。見つからなかったら、お友達と一緒に新しくパイプクラブを設立しても宜しいのじゃないかと思います。


――長時間、インタビューにお付き合い頂き、誠にありがとうございました。


おわり
◆市川澪氏(JPSC会員番号98)の主な記録
1976年 世界パイプスモーキング選手権大会 レディース優勝 85分35秒
1974年 第3回全日本パイプスモーキング選手権大会 レディース優勝
1975年 第4回全日本パイプスモーキング選手権大会 レディース優勝
1977年 第5回全日本パイプスモーキング選手権大会 レディース優勝
1980年 第8回全日本パイプスモーキング選手権大会 レディース優勝
1981年 第9回全日本パイプスモーキング選手権大会 レディース優勝
他にJPSC年間優勝(1976年、1978年)
個人記録 122分12秒(JPSC公認)