パイプの愉しみ方
初心者、新春オークション参戦記
お知らせ
「50にして煙を知る」の執筆者である小枝先生にパイプの手ほどきを受けてから、時間と心に余裕があればパイプ煙草を吸っている。
初心者ゆえ、巧く吸えるわけではない。始めて暫くは舌も焼いたし、未だにボウルは熱くするし、はっきり言って下手くそである。それでも、たまに何かの拍子に上手に吸えることがあり、「煙草って旨いなぁ」と実感する毎日だ。
そんな程度だが、すでに一端のパイプスモーカー気取りで、そろそろパイプが新たに欲しくなってくる。なにしろ持っているのは小枝先生から頂戴した3本と、パイプを始めた記念に買ったパーカー1本。
「パイプをローテーションするためにはもう少し数が必要だな。追加購入は仕方ないことだ」と自分に言い訳しながら、さらに増やそうと目論むが、そうポンポン買える訳でもなく、近所に購入出来る店もない。
年も明けて6日、大学教職員そろっての新年会の席で、幹事の1人であった私に小枝先生から労いの言葉とともに封筒を一つ頂いた。大著『パイプ大全』と、ローランドのスポーツパイプ、オルソボ・ブラックに「お知らせ」と題された紙が入っていた。
「お知らせ」をみると、JPSCの新春オークションの案内が極太マーカーで囲われていた。
「あなた、この本もう持っている?買うつもりだった?じゃあ丁度いい、差し上げます」。
「それからね、1月の最後の火曜日、オークションがあるから。是非参加なさい。喫煙具は全部そこでそろえなさい!余所で買うことないからね」―今回も気前よく色々と頂戴して有難いながら、あまりにタイムリーなお誘いにドキッとする。なんだか見透かされているようだ。
素人大歓迎
さて当日、有給を1時間取り、職場を早めに出る。途中トラブルがあって遅刻したものの、オークションのスタートには間に合ったようだ。
案内されて会場に一歩はいると、煙草の大変よい香り。世話人の方々との挨拶もそこそこに、外川氏の「今日は出品が沢山あって時間がないから、はやく見て!」
「初めてったって遠慮することはない。押しのけて見て下さい」との言葉に促され、品物が載った机の周りをぐるぐる回る。
もっともらしく手にとってみるが、見たって良し悪しなんぞ分かるはずがない。パイプだけではなく、書籍やライター、一見何だかよくわからないものまで出品されている。好みのパイプに目星をつけて席に着く。
座席では皆、思い思いにパイプを燻らせておられる。外川氏から紙巻きを吸っておられる方に、「ちょっと、シガレットはやめて下さい。パイプにして」の言葉にギョッとするが、どうやら仲間内の了解の上での掛け合いジョークであり、他にも紙巻きや葉巻を楽しんでおられる方々がおりニヤニヤ。ゆったりした雰囲気のなかで始まった。
オークション、それもこういう一部の愛好家や趣味人のオークションというと緊迫感あふれ、「素人お断り」というイメージがあり少々構えていたが、全くそんなことはない。
オークショニアは外川氏で、これが玄人さながらの口上、まるで香具師の如く、と言っては失礼か。ともにオークショニアを務める節句田女史との掛け合いはベテランのラジオ・パーソナリティとそのアシスタントの様であり、それに会場から商品の補足説明や当意即妙のコメントがはいるのも愉快だ。そのやり取りまでが初心者には勉強にもなる。
中には私ではとても手の届かない、有名作家もののパイプも出品され、目の保養にもなった。始まって暫くは皆さん抑え気味で、あまり声が掛らず、競り合いもさほど無かった。良識ある紳士・淑女の集い、ダボハゼの如く食らいつくのはみっともないと思われるかもしれない。
ダンヒルが、そしてアンフォーラも、、、
そうこうしているうちにダンヒルが出る。私でも買える値段からスタートである。見た目も好みである。「年代不詳とありますがね、持って行くところに持っていけばピタリと分かる!」と外川氏の前口上で始まるが、だれも手が上がらない。ダボハゼでもいいや、と「はいっ!」と手を挙げる。あっけなく落札。「お名前は?福井さんね、小枝先生の紹介?じゃあもう千円余計に貰おうか」なんてやり取りも、やっぱり香具師さながら。
モールが10袋ほど出品された際には、外川氏が「あなた、必要でしょ」と逆指名される。 オークショニアも、会場の方も新参の私を孤立しないように上手く気遣ってくださるのが有難い。モールの押し売りは別の人に勧めて「私はツゲのエクストラしか使いませんから・・・」なんて素気無く断られているのも、趣味人のこだわりが垣間見え、面白い。
食事の為に暫く中座して戻ってくると、会場は一層の盛り上がりを見せている。時間的にもそろそろ佳境と言ったところ。そんなタイミングでアンフォーラのパイプが出品された。「え、パイプも作ってたの?」これは私だけの感想ではなくて、結構珍しいものらしく、会場からも「へぇー」という声が聞こえる。私のパイプとの出合いは「アンフォーラを吸ってみたい」から始まった訳でこれも何かの因縁、是非とも落札したい。
節句田女史にも拙文を覚えて頂いているようで、「アンフォーラといえば福井さん、ですね」と開始前に一言。「節操なしと思われとりゃあせんか」と、一瞬の迷いがあったが「囃されたら踊れ、だ」、と心で唱えて手を挙げる。
節句田女史の一言が援護射撃になったのか、あっけなく開始価格で落札。品物を受け取って席に帰れば、周りの方に「珍しいよね、ちょっと見せて下さい」と声をかけられる。私が偉いわけではないのだが、ちょっと誇らしげに披露する。
最後には丹波作造銘のタンパーも出品され、高額にて落札されていた。いずれは使ってみたいものだが、今回は泣く泣く諦める。そんなこんなで3時間余りのオークションは盛況のうちに幕を閉じた。
こちらも熱気に煽られ、他にも何点か購入することとなった。いささか買いすぎたようで、まごまごしていた私を憐れんでか、隣に居られた方が「良かったら…」と紙袋を差し出して下さった。
戦利品を詰めた紙袋を小脇に抱え、久しぶりの銀座の街を後にしてバス停へと急ぐ足取りは、軽かった。