パイプの愉しみ方

パイプの愉しみ方

50にして煙を知る 第31回 播磨で出遭った昭和の佇まい

千葉科学大薬学部教授  小枝義人

播州・姫路もそろそろ晩秋の色合いが濃くなった。先日、姫路在住の親しい先輩に誘われ、はるばる当地まで遠征し、会合に出席した。姫路は人口53万人で、「のぞみ」も停車する堂々たる地方都市だが、この街は神戸とも岡山とも違う独自の風情を漂わせている。

ホテルの宴席で100人くらいがテーブルを囲み、和気あいあいと歓談をしたが、主賓は井戸敏三・兵庫県知事以下錚々たる面々である。

テーブルの隣はよく知っている地元企業のインテリオーナー社長さん、「久しぶりですなあ」と話は弾んだ。体感景気は一線で働く経営者に聞くに限る。

知事の話のあと、「せっかく関東から来たんだから、お前も一言話せ」といわれた。「日本人は変わっていない。戦争時代の親父も、いまの若い学生も、震災という有事には、ちゃんと向き合って生活しているのには感心した」とやったら、西日本だけに、「ほお」という空気が会場を覆った。


タバコやめんのか

席に戻ると、件の社長さん、タバコに火をつけながら左隣の紳士と話し込んでいる。以下、臨場感を増すため、関西弁での会話を再現するが、小生は関西人ではないので、あやしい部分はご容赦願いたい。

「あんな、この間、知人が肺がんで2人死によってなあ」「あんた、そんでもタバコやめんのか」「ところが、2人ともタバコは吸ってへんねやん」「これは習慣でんがな。あんたかて止めとらへんがな」。苦笑しつつ、2人は吸い続ける。

古希と思しき2人はえらく仲もよく、酒もちょぼちょぼ飲みながら話を続けている。

社長の相方の男性は知らない人だ、誰だろう。席を立った隙に聞くと、「あん人な、姫路の政財官界については、針の音がちょっとでもしただけでも、すぐキャッチしよる男なんや」

「姫路の選挙情報は、国政から地方選に至るまで、誰よりくわしく正確や」

彼は「播磨時報社」代表取締役・笹間清二(ささま きよつぐ)さんという。社長ったって編集・発行人だから生涯現役記者だ。古希とは思えない素早い足取り、長身をかがめるように、人の間をすり抜けて、耳もとでささやく姿は正真正銘、昔気質の「ブンヤ」である。

そうか、知事の話のとき、さっと胸ポケットからメモ帳を取り出し、ペンを走らせていたのは記者稼業ゆえか。そういえば、デジタルカメラだけは赤いケースに入れたままテーブルの上に置いてあったが、使わなかったなあ。

背広姿でのメモ取り、タバコをうまそうに吸い尽くす姿は、前回書いた花岡さんよりさらに年季に入っているのは、戦前生まれだからか。70歳なら昭和16年、日米開戦時の生まれになる。


この商売、感性や

この仕事は勤続40年以上になるという。毎日、姫路のホテルで催されるありとあらゆる会合に顔を出す。とりわけ政財界関係者の間では「顔を知られすぎて、ほんまやりにくいわ」。

「この商売はなんといっても感性やな。知事の話は震災対応ばっかで、新しい話題はなんもあらへんけど、こんな近くで話が訊ける機会は、普通の人ではめったにあらせんから、サービスやな」

「あんたもそうやけど、向きおうて話したら、警戒されますがな。いつだったか知事が姫路に来はったときや。カウンターバーで延々と4時間ぐらい話したことあったけど、横隣りだと、気安うなりますな。

けど、書いちゃまずいことくらいはわかりますがな。これオフレコや、なんて言わへんでも、そりゃ仁義に反することはやりまへんわ。そのかわり、本音だけは押さえとかんと、間違えますからな」

アナログそのものの笹間さん、そのたたずまいは昭和、高度経済成長そのまんま。新日鉄広畑・全盛時代を体現しているようで、実に郷愁を感じさせるのだ。

「若い記者、一所懸命、パソコンにICレコーダー回して、記事書いてますがな。あれじゃ、相手の表情もわからへんで。どういう気持ちでゆうとるのか、で言葉の持つ意味はちごうてくるわ。わしら、昔からテープなんか回したことないで」

酒、タバコ、メモ帳、丸まった背中、姫路城に匹敵する文化遺産に出会った気分で、実に楽しい一夜であった。


マナ板のコイ

数日後、思いもかけず「播磨時報」最新号が送られてきた。「記者席」欄を見ると、当夜の知事の講演内容が載っていた。

大正6年発行。あと数年で1世紀の歴史を刻む。4ページ立てで1日、11日、21日発行の旬刊。地元企業を押さえているためか、きっちり広告も入っている。

御礼かたがた電話をして聞いた。「喫煙歴はいかほど?」「半世紀以上でんな」「そら、ペン片手なら、片方空いとったら、ついついですわ」

「昔は両切りピースやったけど、今は風邪ひくしな、マイルドセブン。1日2箱ちょっと、ですかな」

生まれも育ちも姫路、大学も関西。「もぅ関西どっぷりですわ。姫路は田舎町ですが、こよなく愛してますわ」

そう、愛なんだな、世の中を動かすのは。最後に本欄に書くことへのお許しを請うと、「マナ板のコイやなぁ。いつも人のこと、ぎょうさん書いてますから」と快諾を得た。

きっと電話の向こうではマイルドセブンをくゆらせていたんだろう。