パイプの愉しみ方
『50にして煙を知る』第7回 新しい仲間にしたい人 発見!
私自身、まったく考えもしない形でパイプの煙愛好者になったので、最近は「この人は」とピンと来た人物に、「どうですかね、こういう趣味は」と勧めたり、脈がありそうな人にはパイプや煙草を差し上げたりすることもある。
今回は同じ職場の仲間で、美術を教えている教員、別に匿名にする必要もないので、大熊治生氏のパイプ仲間入りの報告をする。
専攻は美術ではなく美学だという。そう違うかは私にはさっぱりわからないが、同氏自身は相当な語学フェチらしく、8か国語を操る。
東京外語大―高校英語教師―東京芸大―同大学院―教授という異色の人生コースも興味深い。
高校教師はあまり向いてないと悟り、数年で辞めたことは判明したが、「なぜ芸大に入りなおしたのですか?」とぶしつけにも聞いたら、「ええ、まあなんとなくですね」が答えだった。
なんとなく選ぶコースでもなさそうだが、そういうことらしい。
よく大学に通う電車の中で会うと、彼が読んでる文書はあるときは江戸時代とおぼしき古文、中国語、スペイン語、ドイツ語と、当方にはちんぷんかんぷんであるが、美学に関する学術論文の査読と推定している。
同氏の研究室に入ると、あらゆる言語の辞書に加え、「キケロ全集」「日本近代文学全集」なぞ、俗物の私なんか古本屋でも手に取ることがない本が並んでいる。
もう4年、おなじ職場にいるが、ふだんはあいさつ程度で人柄まで存じ上げなかったが、先日、大のカラオケ好きであることが判明した。
無口な彼が、嬉々としてマイクを握り、歌をうたう姿は意外な光景で、口あんぐりで他の仲間とそれに聞きほれていた。
そのとき、やおら、私がパイプをくわえるのを見て、大熊氏がびっくりした表情で近づいて来た。
「いやあ、そりゃ、パイプじゃないですか」
「はあ、そうですが」
「パイプってのは曲がってるんじゃありませんか?」
「私もそう思ってましたが、それはベント型というそうでね。パイプにもいろいろあって、これは初心者には吸いやすいビリヤード型といいましてね、、」と、初心者が素人に説明するはめになった。
「実は私は髭を生やして、パイプをくわえるのに、長年あこがれてましてね」。
「はあ?」―これはおおいに脈ありである。
数日後、さっそく手持ちのパイプ一本と煙草を進呈し、カラオケルームで吸ってもらった。
これが実にゆったりと吸う。ちなみに彼も私同様、過去に喫煙経験はまったくなかったのだが、スーっと煙を吐き出す姿は、私が始めた頃より、ずっと様になっている。
同席したパイプ仲間に言わせれば「それは、あなたみたいに短気じゃないから、気持ちに余裕があるからです」。
そりゃ、そうだ。大熊氏はいつも悠々としていて、動じるということはない。
「いやあ、いけますよ。どうですか、これから髭も生やしてパイプ片手に、カラオケをたまにはいっしょに」という具合で盛り上がった。
先日、東京パイプスモーカーズクラブ恒例のオークションで、彼の好きそうなベント型のパイプを入手し、渡した。
毎日吸うわけではなく、週末、最後の講義が終わった夜、大好きなアルコールとともに吹かすのが最大の楽しみだそうである。
あとは、いつパイプ仲間の前でデビューさせるか、である。
結構、彼は大化けするかもしれない。パイプで彼の後半生が豊かなものになれば、勧めた私としては、これほど嬉しいことはない。
春よ来い、である。