パイプの愉しみ方
50にして煙を知る 第35回 「豊かさと文化を考える」
ちょっ蔵 新酒を祝う会
茨城県笠間市の稲田――と聞いても、近隣の人にしかわからないだろう。私も初めてだ。
東京から赴くには、JR宇都宮線で栃木県小山駅から水戸線に乗り継ぐか、常磐線の水戸から戻って友部駅から水戸線で行く。所要時間は2時間強。なかなか手間がかかるが、水戸JCブライヤーズクラブ会長らから、「面白い催しがあるからお出でよ」と誘われれば、さてさてパイプ仲間の面々と押しかけるしかない。
大型連休始めの4月29日、彼の地を訪れた。ここで江戸時代から続く老舗の造り酒屋「磯蔵酒造」が一日中、広い屋敷と酒蔵を開放し、入場料2000円払うとお土産の新酒「辰」付きで様々な催しを楽しみ、「好きな酒を好きなだけ飲む」というイベントだ。
普段は閑散としているであろう水戸線・稲田駅。「ここだな」と思って下車すると大勢のカップル、家族連れがゾロゾロ蔵に向かって歩いているので、ついていけばすぐわかった。
去年は東日本大震災で日程を秋に延ばしたが、今年は好天に恵まれ、午前11時から夜9時まで延べ3000人が集ったというから、賑やかだ。
着いたのは始まって1時間くらい経った頃だろうか、水戸クラブの面々はすっかり出来上がっており、JPSC仲間の1人も、一杯500円の枡酒に塩でかけつけ3杯、パイプの煙とともに「この世は極楽だ」の気分になっていた。
うーん、酒は昼間に限る。よく回るう。
いまどき、こんな広大な屋敷の中を散策する機会はめったにない。長い回廊、巨大な酒蔵、手入れが行き届いた庭園――。 狭いマンション暮らしに飼い慣らされたわれわれも、日本家屋の伝統を再認識せざるを得ない。武家屋敷、庄屋とはこういうものだったのだろう。
その回廊には、ずらっと焼き鳥や魚、そばといったご近所や水戸の食べ物屋さんが出店し、酒のつまみにも困らない。
玄関の天井に大きな木玉がぶら下がっている。
「はて、あれは なにか?」。物知りの仲間から、それは「杉玉」と呼ばれ、造り酒屋には必ずあるものだと教えてもらい、納得。
稲田で聴いた落語
利き酒大会、利き酒バー、歌謡ショー、フラメンコもいいが、離れで2時間にわたって繰り広げられた寄席「立川談四楼 独演会」は「文化こそ極楽」を極めた行事だった。
前座の立川寸志さんの「寿限無」に続き、談四楼師匠の「勘定板」「三年目」と古典落語二席の大サービス。
プロの噺家とはこういうものかと感心した。かなりお酒が入っている客層、その場の雰囲気を読んで、ササーっと聴衆の心を掴み、古典を現代風にアレンジ。そこに笑いをふんだんにまぶせば、あとは一瀉千里。涙が出るほど笑いこけ、涙腺と腹筋がこんなにも快適に連動できる時間はないだろう。笑い出したらもう止まらない。たちまち2時間が過ぎた。「笑う門には福来る」だ。
落語を楽しむチャンスはまずない。落語ファンに言わせても、いまどき寄席でもたいていイス席・マイク付きだそうだが、ここは畳敷きでマイクなし。
かぶりつきライヴで名人の落語が堪能できたのは、大収穫だった。私を含めて来たパイプ仲間はみな「これだけで来た価値があった」と大喜びだ。
世知辛い世の中に、酒蔵一軒で、これだけの催事を毎年やってのけるとは太っ腹だ。文化は豊かさの中でしか育まれない、とまた痛感した。
造り酒屋の生まれ―名望家―地方議員―うまくすると国会議員というステップは、自民党党人派の有力な人材供給源だった。官僚派とは一味違う懐の深さが党人派の魅力だ。
「竹下登、武藤嘉文なんて人は造り酒屋の倅だったなあ」となつかしく思い出しながら、その夜は水戸で酒宴、一泊。久しぶりによく眠れた。