パイプの愉しみ方
秋の扇
今年は殊の外秋の訪れが急である。
初夏の頃、とある駅頭で扇子問屋の前を通った。その辺りの扇子問屋で昔、矢鱈派手な青海波の扇を買おうとして、踊りの師匠の認め状が無い者には売れないと断られた。金を出すと言っている客を断るとは何事だと喧嘩をして以来扇子屋に足を向けたことは無いのだが、連れが入るというので付き合った。何にいたしましょうかとの問に、ぶっきらぼうに一番安いのを呉れというと、此れになりますと出してきた。そして言うには、これは儀式用ですので開くことは想定していませんと。出来の悪い扇子を試してばかりいるので面の皮が厚くなっているのか無礼にも程がある、誰が買うかと思ったが、連れの手前もあり下から二番目の扇げるのを贖った。
真夏に出歩く機会が多かったのでこの扇子は活躍した。安いせいで骨が少なく荒い折から生ずる風に力があり、汗の引きが早い。見た目も紙の部分が大きく玄人っぽいので、飲み屋のバイトに私はプロを目指しているのですがもしかして棋院の方ですかと尋ねられたこともある。折の角も潤びれて来たこの扇子を彼岸の頃に開こうととすると、要の芯が飛んでばらばらに壊れた。人工衛星の設計において5年の要求寿命であれば、5年と1日目に故障するのが最高の設計である。過剰な寿命は必然的に余計な重量・品質が搭載されている訳で、1キログラム百万円と言われる打ち上げ費用も考えると無駄も甚だしい。その意味でこの扇子はエンジニアリングの鏡である。冬の間保管して翌年また出す労を省いて、年ごとに新規の清々しさを味わわせてくれる最適品質である。来年の初夏も是非この店で、気候変動の余裕を見て今度は下から3番目を贖うと決めている。
商船の世界では、試運転でスピードが出なければ勿論、余計に出てもエンジンを一気筒減らしてもっと荷物・客が積めたという理由でペナルティを払うことになる。某造船所では、台風の通過でクレーンが倒れ進水直前の船が壊れた際に、気象台発表の最大風速が74m毎秒と出た瞬間それまで青くなっていた設計者が元気になり、70m毎秒の設計基準を忠実に実現したということで表彰されたという話もある。
秋の扇とは帝の寵が去った妃が自嘲して使う言葉だが、当方のパイプ棚にも秋の扇候補が山積し、使わないうちに吸口の艶も失われて見る影も無くなっているのは困り物である。適当な時期に燃え尽き或いは折れてしまうパイプは親切なエンジニアリングの賜かも知れない。一方持ち主の死後、残された者に面倒を掛ける喫煙具は迷惑千万である。マウスピースに穴が開いたパイプや汚れたタンパーを積み上げて火葬を執り行い、故人が吸い残した煙草を香華に用いるのが持続可能な喫煙道の極みであろう。