パイプの愉しみ方

パイプの愉しみ方

「50にして煙を知る」 第37回 「葉巻王子 永田町復権の巻」

千葉科学大薬学部教授  小枝義人

64年ぶりかあ

年末に総選挙―政権交代があったため、永田町・霞ヶ関は年末年始休暇返上で、動いていた。

政治は国家・国民のためにあるのだから、それは当たり前のことだが、出来上がった第2次安倍晋三内閣は政治史的にも非常に珍しい存在になる。

1度退陣した人物が再び首相に就くことは稀だ。伊藤博文や桂太郎の時代ならともかく、戦後は吉田茂以来64年ぶりというから、自社55年体制以後、初の出来事になる。

とはいえ、本欄では安倍首相のことを書くわけではない。安倍さんときわめて親しく、副総理・財務相として入閣した吉田茂の孫、麻生太郎元首相について記しておくことがある。

実は昨年7月、麻生さんにたまたまインタビューする機会を得た。たばこ総合研究センター発行の「たばこ史研究」に、政治ものを書いてくれんかという要請があり、ばたばた始まった企画のためだった。

現役政治家で堂々と喫煙を公言している人は少ない。喫煙が忌避すべき行為として世の中に定着している中、なかなか煙草を吸う仕草を表に出す政治家はいない。選挙を抱えている職業ゆえ、嫌われる恐れのあることは避けるのが無難だからだろう。

執筆時点での首相は民主党・野田佳彦氏だったが、彼は名うてのヘビースモーカー、国会答弁では「18歳のころから吸っていまして」と答えたあと、未成年者の喫煙が法律で禁止されていることに気付き「いや20歳のときからです」とみえみえの訂正答弁をしたほどだ。

それでも財務相当時、1000円カットに行く散髪姿は、メディアに公開したが、喫煙姿は人前に晒したことはない。

もちろん、官邸・首相執務室や議員会館の個々の事務所内は、使用者の自由だろうだから、吸っても一向に構わない。おそらく野田さんも、ストレス解消に1日何服も憩っていたにちがいない。執務室で好物の大福をそっとほおばっていた佐藤栄作元首相同様、ほほえましい姿なのだがね。


麻生さんと葉巻

前置きが長くなってしまった。主役は麻生さんである。彼が葉巻愛好家であることは首相在任中から公言して憚らなかった。執務を終えると、ホテルのバーに行き、ウイスキー片手に葉巻を吸うことがストレス解消だと伝えられ、メディアではずいぶん冷たく扱われた記憶がある。

麻生さんは、今の日本では珍しいほど「貴族」という形容詞が似合う人物だ。

仕立てのいいスーツは同じものを2着つくるという。ポケットは全部自分の使いやすいように、つける位置も特注。なんせ、ダビドフのシガーカッターさえ、携行できるようズボンには特注ポケットがついているはずだ。

「麻生代議士の政治活動と葉巻との関係について、お聞きしたい」がインタビューの趣旨だったので、向こうもずいぶん戸惑ったかもしれない。 いままで、そんな取材などなかっただろう。今は厳冬だが、7月の夕方は、いやほんとに暑かった。公共交通機関乗り継ぎで、クール・ビズってわけにはいかんから、こちらはもうネクタイ姿のシャツが汗だくであった。


灰皿・八女茶・最中・葉巻

おそらく夜の会合予定前の数十分間、時間をいただいた。ICレコーダーとデジタルカメラ使用を許可された上、喫煙姿を掲載しても構わないという、きわめて寛容な対応には、こちらが恐縮・感激した。

「さあ、なんでも聞いて頂戴」風の麻生さんだが、こちらは葉巻の知識ゼロだ。そこで助っ人に、大学同僚の福井貴史さんにカメラマン兼タバコ関連答弁スーパー政府委員として同行を頼んだら、喜んで来てくれた。

まず通された自室の議員会館応接室、立派な灰皿が置いてある。「喫煙どうぞ」というメッセージだろうが、まさかふんぞりかえって吸いながら待つわけにはいかん。

地元選挙区・福岡八女茶と飯塚の有名店最中が出てきたが、食べる余裕はなく、最中はポケットに入れ、帰宅後いただいた。うまかった。お茶だけぐびりと飲んで、カメラ、インタビューの用意を済ませた。

ほぼ同時に「お待たせしました」と麻生さん登場し、機嫌よくお話を聞き、インタビュー時間はかれこれ40分程度か。

愛用葉巻はホヨー・ド・モントレ・ぺティロブスト(それを麻生さんが取り出したとき、福井さんが耳打ちして教えてくれた)、そんなに長いものじゃないのは、「政治家は長く吸えるほど時間がある商売じゃないからね」と明快は答え。

加えて「葉巻は人からもらっちゃいかんな。自分で買えるだけの財力がなくちゃ。私もずっとショートホープを吸っていた。40歳になり、買えるだけの収入になってから吸い出した」と、なかなか味のある話がぽんぽん飛び出す。

民主党新代表・海江田万里さんは、もらい煙草が趣味らしいが、政権奪還を目指すなら、煙草ぐらい自分で買いましょう。

麻生さんが新人議員時代、アメリカ留学が長かった二階堂進氏が、高級葉巻を自民党幹事長室で「1本どうだい」と差し出されたそうだ。

二階堂さんは、葉巻を噛みちぎって吸っていたという。「それじゃあ、カウボーイになっちまいますよ」と麻生さんは手持ちのダビドフのシガーカッターでスパッと切って吸い、そのカッターを二階堂氏に進呈した。

いまどき、こんな味な光景が永田町にあるはずもないが、30年くらい前までなら、少しは残っていたんだな。私も30前の若造記者だったが、その種の光景には、たまに出食わす機会もあった。


遥か彼方 野党時代

それにしても、だ。葉巻談義のため、麻生さんのような総理経験者が1時間近くも時間を取ってもらえたのは、自民党が野党だったからだ。いまなら絶対に無理だ。

野党時代は政治家にも時間はある。実にいいタイミングであった。

そうそう、そのとき、麻生さんは私に1本、愛用葉巻を「進呈しましょうか」と言ってくれたのだが、私は写真撮影のため「その前に、カッターでカットし、火をつけてもらえませんか」と頼み込み、もらいそこねてしまった。

こんなせこい後悔するような輩には、葉巻を吸う資格などあるはずもない。

正月3が日も明けないうちからミャンマーを訪問し、わが国のアジア外交に汗を流している麻生さんのニュース映像を眺めて、「相変わらずいい服着てますなあ」「夜、ミャンマーでも葉巻を吹かしたんだろうか、同行記者と一杯やりながら」などと不謹慎なことばっかり思い浮かぶのも、野党時代のインタビューのおかげだ。

安倍内閣の1丁目1番地は景気回復だそうだ。煙草は貴重な税源である。おおいに吸っていただき、税金を納めてくれるなら喫煙者は神様じゃないか。

テレビ画面の麻生さんの尊顔を拝しながら、ダビドフのパイプ煙草に火をつけた。これは免税店で買ったからお国のためにはならんな。

謹賀新年。