パイプの愉しみ方
そのタンパー危険につき
丹波作造
湯豆腐が美味いと言い出すのは人間かなり薹が立ってからだが、とりあえず火と刃物を使いこなすのが大人になった印である。某パイプクラブでは、入会希望者にマッチを擦らせてその手際を審査するという。懐に匕首を呑んでいても他から気取られなくて一人前という業界とも相通ずる実効的な試験である。
数あるパイプアクセサリーの中で最も御座なりなのが、灰を掻き出すナイフ・スプーンではないか。竹の端を一寸曲げただけでパイプスプーンで御座いと済ましている反省を籠めて、一方に秋霜の怜悧を置くタンパーを試作した。タンピングする度に、正眼に構えた刃越しに群がる相手を見据えて、一乗寺下り松の武蔵の心境も斯くや。
有機械者必有機事、有機事者必有機心 [荘子天地篇]
機能があれば使って見たい、使えばそれなりに面倒事が増える。刃物となれば用いたい心を抑える落ち着きが求められる。煙草は燃やしたいが時間は伸ばしたいなどという俗念は捨て去る他はない。口に咥えているこの物体、手にしているこの得物、自分は今何をしているのだろう。無心の境地に達しても不思議はない。
持ち主を選ぶタンパーだけに迂闊には譲れないと、自用にしているうちに見えなくなった。酒席で物を配る癖があるので持ち出したのは迂闊だが、新しい持ち主は鋭利な刃物の取り扱いが仕事である生化学の研究者と聞く。今後も精神修養を怠らず煙草道に精進するよう願っている。