パイプの愉しみ方
凸乎将亦凹乎
沢蟹の美味しい食べ方といえば居酒屋の唐揚げと思われがちだが、それとは天地ほど違う贅沢な料理法がある。バケツ一杯の沢蟹を用意したら、臼で撞きその結果を煮立った大鍋に注ぐ。蟹の身、内容物だけが浮き上がってくる。これを掬い上げて賞味する。卵を持っている季節ならば味わいは一層増す。東北では“蟹っこ搗き”と称する馳走である。更にその茹で汁で作った味噌汁も想像通り絶品である。筆者はその昔、枕崎の投宿先で、前夜の県内郵便局長宴会に一人一尾当て供した当地名物の伊勢海老刺身の残滓、山のような殻で出汁を取った味噌汁を出された時に、怫然とその味が去来した。九州にも“がにこ漬け”といってやはり小蟹を粉砕して唐辛子で漬けた食べ物が在る。これが一瓶あれば酒がいくらあっても足りないといわれ、九州物産展があれば是非探したい一品である。
臼搗きといえば、搗きたての餅をどう食べるか、それが問題である。自分は、夏であれば摘みたての枝豆で作ったいわゆる“ずんだ”に止めを刺す。豆の品種、湯が湧いてから摘んでくる、隠し味の胡桃等話は尽きないのだが此処は一先ず措く。筆者は幼少時、一年中“ずんだ”でなければ嫌だといって祖母を困らせたらしい。当時枝豆の冷凍技術は未だ無く我侭の限りである。祖母の没後、真冬の法事の膳にずんだ餅を見出した時、思わず背に寒気が走った。その頃は同じ大豆だからと言い含められ、素直だった自分は納豆餅を選択した。丼いっぱいの冷たい納豆を持って臼の脇で待っているところに、搗きたての熱い餅を入れて食べるのも、これはこれで美味かった記憶がある。
十万年余前にアフリカから地球上の他の大陸へと旅だったホモサピエンスサピエンスはその栽培食物によって、アフリカ由来の雑穀食(ヒエ、マコモ、コメ等)、チグリス・ユーフラテス流域に生じた麦系食(小麦、大麦等)、東南アジアに生じたヤムイモ系食(タロイモ等)、そして新大陸に生じたナス属食(ジャガイモ、サツマイモ等、因みにタバコもナス属に含まれる)に分化したという*。ミャンマーの山岳民族に、棚田にコメを作って畦に植えた大豆を納豆のようにして食すものがあるが日本と興味深い一致である。さらに雑穀食には、籾の処理および精米に用いる道具が必要で、平面で擦り合わせる方法と杵で搗く方法に分かれる。竪杵と我が国特有の柄付横杵の違いはあるものの、タンパーのオペレーションは雑穀食の民に数万年の長がある筈である。
蟹の粉砕に用いた臼と杵は、生臭くて餅搗きには使えない。効率的に粉砕はするが餅のようにきめ細かく搗く必要は無いので、杵先、臼底の形状も丸みが強い物が適している。塡圧面の形状は杵の性能・目的に大いに関連する。最近良く見るタンパーに先端がコンケーブ(凹面)のものがある。使ってみるとボウル周辺の煙草を押し固めるせいで気流が中心に向かい、真直ぐに吹き抜ける傾向がある。むしろコンベックス(凸面)形状の方が緩い塡圧の周辺に火が向かい全量を燃やすのに有利ではないか。通常タンパーの填圧面は平面だが、此処に設計意図を込めて曲面を採用するのがタンパー作家の腕の見せどころである。幸い棒には両端があるので、凹凸両曲面を装備するタンパーの設計・開発に着手したところである。
*中尾佐助 「栽培食物と農耕の起源」1966による