パイプの愉しみ方

パイプの愉しみ方

パイプを愛する皆様への私信 全日本パイプ選手権参加にあたって

私見ですが、スモーキング・パイプの世界には、三つの「王道」があります。

その一、豪奢な蒐集の世界であり、必ずしも1970年代・デンマーク・ハンドメイドに代表される「ブランド志向」だけではなく、一八世紀中葉、王侯貴族の社会的地位が金銭格差を伴っていたころ、いまでは「その実物を見る機会さえ失せた」 金銀・宝石の類を嵌め込んだ豪勢なパイプが作られていました。フランス・ロココの末裔を彩る才気溢れる「ご夫人たち」が愛用したパイプの名品も、今日では十数本しか残存しておらず、門外不出のアンチークとして蒐集されているのです。

しかし、私たち日本人に馴染み深いコレクション・パイプは1960年代後半〜70年代全期にかけてのデンマーク・ブランドでありましょう。パイプ・ダンの店から発祥し、シックステン・イヴァルソン、ヨーン・ミッケ、ラルス・イヴァルソン、ボ・ノルトなど、従来の「ダンヒル型パイプ」とは異なるデザインです。

それらは幾分かは玩具的、歪曲的、多分にエロス的触覚への快楽に溢れた作品が多数創作されたのです。同時に、あまりに高価なプライスが「喫煙具に・あるまじき邪道ではないか」との批判もなかったわけではありません。それでも多くの日本人に「パイプ・スモーキングとコレクション」の普及をもたらした功績は十分に評価されて然るべきでしょう。

1970年代、私は日本に半分、欧米に半分滞在の暮らしを続けており、多くの海外「タバコ・パイプ・ショップ」遍歴を持っています。

たとえばニューヨーク711・Avenue「Nat Shermans」の豪華な店内や、シカゴの「Iwan Ries」あるいは全米各地のショッピングセンターに出店していた「The Tinder Box」などには頻繁に足を運んでいたものです。日本に比べて随分と安い価格であったことを憶えています。たとえば、シカゴのIRC・一九七七年の売値ではシックステン・イヴァルソンが「570㌦」、ポ・ノルトは「900㌦」も出せば最高級品が買えました。デンマーク・ダンでもホルべックの最高級ストレートグレイン「Elsinore Osric」が2000クローネで入手できました。私も当時のデンマーク系パイプではイヴァルソン、 ミッケ、ラルス、ノルトなどを中心に200本は集めたものです。

その二、「脱・ブランド」のパイプ愛好であり、誰の作品か、いくらのパイプなのかなどの雑念とは無縁に、ただひたすら「自分にとっての趣味の極限」とは何かを訊ねることです。愛好の極意を究め、「これこそ自分のパイプだ」と疑いなき信念を抱ける「逸品=一品」を見つけることです。私の場合、40数年間のパイプ道を通じて蒐集した500本のなかから選び抜いたパイプに、ミッケもラルスもありません。ブランド力の高いパイプを大いに愛好し、かつてはミッケとラルスだけでも9本は所有していたのですが、現在ではコレクションとして保有するものの、私の逸品はスヴェン・ヌードセン、ホルム、ポール・ハンセンなどの名人芸に近い「細工の良さ」を愛する域(私は七七歳です)に達しております。

選択の基準はボールを握ったときの「感触の心地よさ」、次いで、咥えたときの「マウスピースの自然な感触」、そして(なによりも)吸ったとき、 その煙が「ほどよく冷えて、クールな香り」を運んでくれる煙道が完壁である細エの作品を厳選しております。吸いやすさとタバコの旨味を引き出すパイプは、価格やブランドとは無縁だと痛感しております。

 その三、ブライヤーの秀逸性に尽きます。それが、どのようなグレイン(筋目)であろうと、見事な「バーズアイ」(渦巻き)であろうと、最高級品質のブライヤーは自ずから「光沢の貫録」が違うのです。堅牢で、適度な重量感に優れたブライヤーは、年数をかけて使い込めば使い込むほど、その色艶、光沢、手触りの滑らかさ、スモーキング時の実に柔和な温かみなど、何にましても貴重な「王道」です。パイプとは、タバコを美味しく吸うための道具であるからです。

その点で「残念なこと」は、現在では「美味しい良質のタバコ葉」が決定的に不足しています。かつて私が欧米を回っていたころは、随所に「溢れる良質な葉」が存在しておりました。バルカン・ソプラニーの白缶、ザ・レインのブラック・アチーブメント、それにジュネーブ・ダビドフ「ロイヤルティのロング缶」なども、現在発売されている「平缶」に比べ、その「軽妙な軽さと、程よい香料の香り」が抜群でした。私はもっぱら、ブラック・クラウン・アチーブメント・8ozsを愛用しておりましたが、その濃厚で芳酵な香気は、すでに失せた時代となっています。

いま、日本のパイプ愛好家たちが共有すべき情報こそ「パイプ・タバコ」に関する世界であり、ぜひ良き味わいのタバコ葉に巡り合いたいものです。

想いだすまま、勝手なことを書いてきましたが、今回はじめて日本パイプクラブ達盟主催の大会に参加し、できることなら、日本でのパイプ愛好家の方々とも、良きお知り合いの関係を築きたいと念じている次第であります。



追伸

先日の「パイプスモーキング大会」で気づいたいくつかの点がありますので、要点だけ申し上げます。

もっとも気になったことが「パイプ・葉」の「詰め方」でした。実に多くの方が、最初に葉を手揉みで「ほぐしていた」ことです。

使用パイプが「シェル仕上げ」で、かつ新品・となれば、当然、ボール自体の木質が軟弱で、かなりの「熱吸収性」が高いはずです。とすれば、「葉を揉みすぎてしまうと、垂直方向への火力伝導が早くなり、ボール内側への熱保存が不十分になります。

できることなら、最初は「葉の長いもの」をボールの底から「篭編み」の要領で交互に組み合わせ「熱伝導が渦巻き型に循環できるような隙間」を作ります(ボールの四分の一程度)。

その上の中ほどで、はじめて中揉みの葉を若干ゆるやかに置いた後、タンパーで軽く圧しながら(押すのではなく、圧す)、点火しやすい状態を構成しておきさえすれば、二本のマッチで十分に点火と熾き火造りが可能になります。

あとは自分なりの「呼吸に合わせて自然なスモーキング」を楽しみさえすれば、ゆうに一時間半は過ごせるはずであると思った次第です。

 その点で、パイプ売店で超ベテランスモーカーがお吸いになられていた「ベント・パィプ」の呼吸は見事でした。立ちのぼる煙が「ほわっと」湧きあがり、多くもなく、少なくもなく、およそ五センチのあたりで周囲の空気と融合する喫煙には、さすがの年季を感じたものでした。

これからも若い人たちがパイプスモーキングに惚れ込んでいただくためにも「葉の詰め方」から「最初の着火」と「約二分半程度」の初期呼吸方法を身につけていただければ、さらに「美味しく・満足のゆく」パィプスモーキングが可能になるのではないでしょうか。

山本浩史