パイプの愉しみ方
日本一の愛煙家 池波正太郎師匠の思い出 3
岡山パイプクラブ会長 香山雅美
上京するたびに師匠の家に遊びに参りました。 
美食家の師匠に、銀座や下町の名店に連れて行って頂き、いつもご馳走してもらいました。 
いつもご馳走になっているばかりではやはり気が引けます。 
そこでたばこを巡る四方山話の中で、師匠が喫いたいとおっしゃるたばこの名前が出たら、一生懸命探しました。 
師匠にぜひ喫って頂きたかったからです。 
ある時、師匠が「戦前のチェリーは美味しかった。おまえさんにも一度喫わせたかった」とポツリと漏らされたことがあります。 
私は、その言葉をしっかり脳裏に焼き付けました。 
大蔵省専売局が発売していた官製煙草チェリーをどうやって探すのか。 
               とてつもない難問です。 
               当時でも戦後40年以上経っています。 
             そもそも、戦前のチェリーが残っているかどうかも分かりません。 
私は、知恵を絞ってなんとか探し出して、師匠に持っていきました。
師匠は、相好を崩して、とてもお喜びになりました。
			果たしてどうやって探したのか。 
			  種明かしをすると、知り合いの古道具屋の数軒を回って、店の主人に「遺品整理等で、もしチェリーがあったらぜひ下さい」とお願いしました。 
			  気長にずっと待っていると、ある時「見つかったよ」と電話がありました。 
			  たばこの売買は出来ないので、古物商の商品を買い、そのおまけで貰うと言う形で手に入れました。 
		    大切なのは知恵と執念です。 
師匠が喫いたいとおっしゃったパイプたばこの一つが、とっくの昔に製造中止になったオランダ製のROYAL NIEMEYERです。これは難儀しました。
パイプたばこは、当時日本に輸入されていた外国製品は限られた銘柄だけでしたが、英領香港へ行けば大概の銘柄は手に入りました。 
そこで旅行の際に、香港中の大手のたばこ屋を隈なく回りましたが、ROYAL NIEMEYERはおいそれと見つかりません。 
パイプたばこの本場のデンマークに行けばあるだろうと思って、欧州出張の際にコペンハーゲンまで足を伸ばして探しましたが、さすがに製造中止になったパイプたばこは無理でした。高級品で販売数量が僅少だった事情もあると思います。
やはり製造元のオランダまで行って探すしかないと思い、次の欧州旅行の際にアムステルダムを訪ねて、「NIEMEYER、NIEMEYER」と呟きながら市内のたばこ屋を歩き回って探しましたが、見つからず諦めました。
仕方なく、初めて見るパイプたばこを20種類計60缶買ったら、店の大将が「商売するのかい?」と尋ねました。 
私が「いいや。お世話になっている方がROYAL NIEMEYERを喫いたいと言われ、探し回ったが無かった。仕方がないので代わりに珍しいたばこを日本にお土産に持って帰ろうと思って」と答えました。 
「ふーん」と頷いた大将が「この後どこに行くのかい?」 
「スイスへ」 
「あんたは運が良い。ジュネーブのレマン湖のほとりに昔の銘柄のたばこを扱っている店がある。ひょっとしたらROYAL NIEMEYERの古い在庫が残っているかもしれないからぜひ行ってごらん」と教えてもらい、その店の主人を紹介されました。 
期待して訪ねました。 
			  			  ありました! 
			  			  しかもスコティッシュ、ダニッシュ、アイリッシュの三種類も! 
		  			    師匠へのお土産と自分用にも買いました。 
			羽田空港から師匠の家に直行して、お土産を渡しました。
師匠が喫いたかったのはのアイリッシュタイプでしたが、初めてご覧になるダニッシュ、スコティシュも有り、さらに喫ったことが無い珍しいたばこも20缶渡したので、喜んで下さいました。
師匠が大変喜ばれる様を拝見して、10日間あまりROYAL NIEMEYERを探し回ったかいがあったと思いました。
師匠は「大変な手間をかけたね」と労って下さり、「おまえさん、アンネを持っているかい?」 
「いいえ、独身の頃なら買えましたが、結婚して子供が2人の世帯持ちには高嶺の花で無理です」 
「そいつは丁度良い、先日2本買って未だ火をいれて無いから、1本持って帰れ」 
ANNE JULIEのハンドメイドパイプ、ありがたく頂戴しました。
師匠の形見として勿論今でも大事に使っています。
			
      