パイプの愉しみ方
偽物ダンヒルにご用心 ―その3―
前回の記事で、私はダンヒルパイプには50年以上前から偽物が出回っていたことを明らかにした。
ダンヒル社はパイプの発売当初から高品質のブライアー材のみを採用した高級品を謳って、他社製の2倍から5倍程度の価格帯の高級品路線を推進してきた。そうである以上、100年前から偽物が作られていたことは、当然推察できることだ。
おそらく、50年以上昔のダンヒルパイプの偽物は、当時パイプ喫煙が盛んだった西ヨーロッパ諸国やアメリカのパイプ喫煙愛好家が、ついいたずら心を起こしたか、あるいは小遣い稼ぎの邪心を持って製造したものが多いと私は想像している。
というのも偽物ダンヒルの作り方が、かなり素人っぽい感じがするからだ。素人なりに精根傾けて偽物を作ってはいるけれども、やはり本職の木工職人の手によるものではないのでどうしても粗がある。
要するに、一目で偽物と分かる水準のものが多いと思う。
しかし、比較的最近の偽物ダンヒルは、かなり精巧に出来ていると感じる。と言うことは、素人ではなく、偽物製造業者がいて、組織的に職人に作らせているのではないかと私は疑っている。
精巧な偽物ダンヒルパイプは、一目見るだけではなかなか見分けがつきにくい。本物をたくさん見て、実際に触って喫ってみて目が肥えていないと、真贋判定は自信を持って出来ない。
ダンヒルパイプが、普通の価格帯のパイプと比べて価格が2、3割高い程度なら、偽物製造業者はわざわざ手を出さない。手間暇かけて偽物を製造するのは、割に合わないからだ。真面目に普通のパイプを製造する方が楽だし、良心も痛まない。
2倍以上の価格帯なので、お金に目が眩んだ心が曲がった業者が悪だくみを考えて、偽物市場に参入するのだと思う。
「偽物ダンヒルパイプにご用心」の拙文を書いたのをきっかけに、◯フオクや○ルカリ、◯ーベイなどの内外のインターネット通信販売サイトを見る機会が増えた。
ダンヒルパイプの本体だけで無く、外箱、付属の袋、説明書、保証書等まで売られていて、そこそこ高価な値段で落札されている。
付属品が欲しくて購入するパイプ愛好家の方もいるだろう。だが、私は偽物ダンヒルパイプにこれらの付属品をつけることで、いかにも本物に見せかける為に購入する悪徳業者がいるのだろうと推察している。
なぜか。
出品されたパイプと外箱、付属の袋の年代が合わないものがかなりあるからだ。
実例を示そう。
写真①は、数十年前に制作されたと推察される古い偽物パイプだ。
刻印を見ると、素人が下手な刻印を打ち込んだのが一目瞭然だ。この様な偽物パイプは本物を持っていて目が肥えたダンヒルパイプ愛好家なら偽物だとすぐにわかるから、まず騙されることはない。しかし初心者はホワイト・スポットだけで騙されて購入するかもしれない。そうした初心者を騙すために外箱や付属の袋、説明書、保証書までわざわざつけて本物と思わせるわけだ。
写真②は、比較的最近の偽物の刻印だ。刻印だけ見れば、相当なダンヒル通でも本物と思ってしまうほど精巧に作られている。
写真2は、おそらく悪徳業者が、専門の工作機械を使って木工職人に刻印を打ち込ませたものだろう。プロによる組織的な贋作だと思う。
このレベルの精巧な偽物に外箱、付属の袋、説明書、保証書まで付けたら、よほど目が肥えていないと騙される恐れが高いと思う。
ちなみに、そこそこのダンヒル通でも、「古い年代の本物のダンヒルは最初は刻印が稚拙だったが、徐々に良くなって今の様に鮮明になった」と勘違いなさっている方がおられるようなので、この場を借りて、その勘違いを訂正しておく。
本物のダンヒルパイプは、第二次大戦以前の製品も整然と鮮明に刻印されていた。
これが真実である。
最近のネット通販でダンヒルパイプを検索すると、刻印部分をわざとぼやかした写真のものが多く出回るようになったようだ。
私の勝手な想像だが、日本パイプクラブ連盟のホームページに連載された私の拙文が口コミ等で評判になり、偽物ダンヒルを出品する業者などが、刻印部分をはっきり撮影してはまずいと考えているのかもしれない。
もしそうであれば、初心者が偽物を掴ませられないようにとの親切心で書いた拙文が、かなりの抑止効果があった訳で、実に喜ばしいことだ。
はっきり言えることは、〇フオクや〇ルカリでなどの通販サイトで、刻印部分を鮮明に撮影してないパイプは購入しない方が賢明だということだ。
さらに外箱、付属の袋、説明書、保証書等も、偽物専門の悪徳業者なら簡単に偽物を作成できることをお忘れなく。つまり、こうした付属品がついているからといって軽々に信じてはいけない。
今年3月から連載を始めた「偽物ダンヒルパイプにご用心」で既に申し上げたことだが、世の中に出回っている数多くのダンヒルパイプが、果たして本物か、あるいは偽物かを鑑定する秘訣が、他にもいくつかある。
当初、私は真贋鑑定の方法と秘訣の全てをこのホームページ上で読者の皆様に公開するつもりだったが、日本パイプクラブ連盟事務局の方に止められた。
誰もがアクセスできるこのホームページ上で全ての秘訣を公表すると、真贋鑑定の奥義を悪徳業者にむざむざと教えてしまうことになり、それらをクリアーする偽物業者が必ず出て来ると忠告されたからだ。
忠告に従っておいて良かったと思う。
ここから先は蛇足になるが、私の拙い経験から敢えて言わせてもらうと、特に〇国の業者には要警戒だ。
私は家業の仕事で、祖父の代から〇国とは戦前からの長い付き合いがあるが、〇国人の偽物を作る高度な技能はまさに驚嘆すべきものがある。
彼らは良く出来た精巧な偽物を「倣古」(ホウコ)と呼び、精巧な倣古は本物に準ずるとして高額な価格で取引する長い伝統がある。〇国人の考え方は「真贋」という単純な物差しを超えた奥深いものなのだ。
いかにも〇国らしいのは、書画、骨董では○○作とは表記せず、○○伝と表記することだ。
その様な国柄だから、偽物を作る気なら高級なダンヒルパイプだけでなく、数十万円、数百万円というもっと高額で取引されているハンドメイドの有名作家の作品も当然作るのではないかと推察している。
〇フオクや○ーベイでは、イバルソンやミッケ等の世界的有名作家のパイプが高額で落札されている。有名作家のパイプは、喫煙用の実用パイプの枠を超えて、もはや芸術品としか呼びようのない作品と言っても過言ではないから、愛好家にとっては垂涎の的だろう。数百万円の価格が高いとは私は思わない。ただし、本物ならば、だ。
有名パイプ作家の作品の中には、「倣古」のお手本として〇国の業者の手に既に渡っているのではないかと私は想像をたくましくしている。
繰り返すが、彼らの感覚では「偽物」ではなく「倣古」を作るのだろう。彼らの感覚は我々日本人の善悪の考えの彼岸にあるということだ。
今後、〇フオクや○ーベイなどのネット通販に有名パイプ作家の高額の作品が多数出品されていたら、「ひょっとしたら、これらは倣古では?」と一度考えてみて、慎重に判断なさることをお勧めする。