パイプの愉しみ方
偽物ダンヒルパイプにご用心 ―その4―
パイプ愛煙家有志が主催した東京パイプショー(6月4日に東京・東銀座カフェ・ジュリエで開催)に参加した。私は東京で開催される様々なパイプ関係の催しには、やむを得ない用事がない限り、日帰りの強行日程となっても岡山から足を伸ばして参加することにしている。親しいパイプ仲間の同志と久闊を叙する嬉しさ、珍しいパイプやタバコに出会える楽しみ、それに地方在住ではなかなか味わえない首都東京の活気。いずれも私の日々のエネルギーの糧になるからだ。
コロナ禍がほぼ収束し、ようやく復活したこの催しに、私は友人の西伊豆在住のタバコ蒐集家の芹澤弘光氏に出展を依頼した。芹澤氏がこれまで膨大な手間と巨額の費用を掛けて蒐集なさった日本と世界の珍品タバココレクションの凄さをパイプ仲間や愛煙家にぜひ見せたい、見せておかねばならないと思ったからだ。
嗜好品であるタバコの世界は広くて深い。タバコと言えば、ほとんどの方が紙巻タバコ(シガレット)を思い浮かべるが、世界には様々な種類のタバコがある。葉巻(シガー)、パイプタバコ、水タバコ、嗅ぎタバコ、噛みタバコ、キセルタバコ‥‥。どれも背景に固有の歴史と文化がある。
何よりもタバコの種類ごとに味わいや風味、香りが大きく異なる。紙巻タバコしか喫ったことがない大方の日本の愛煙家諸氏に、タバコの世界の広さと奥深さを、芹澤コレクションを垣間見ることで感じ取って欲しいからだ。
芹澤氏は快く出展に応じて下さった。感謝あるのみだ。
この催しで私が自分に課した役割は、芹澤氏の出展のサポートと展示のお手伝い。芹澤氏は日本パイプクラブ連盟には所属しておられない孤高の蒐集家であり愛煙家。東京パイプショーで出会う多くの愛煙家諸氏とはいずれも初対面である。こうしたタバコ関係のショーに出展なさるのは初めてだと聞く。なにぶん勝手がわからないだろうし、お一人では何かと心細かろうから、側で細々お手伝いしながら、詰め掛けた日本有数のパイプ愛煙家、葉巻愛煙家、キセル愛煙家の皆さんを芹澤氏に紹介して交友の輪を広げたいと思った。
会場で名札を付けて芹澤氏のお手伝いをしながらパイプショーの盛況ぶりを眺めていたら、大勢のパイプ仲間に「連盟のホームページ見たよ」、「偽ダンヒルパイプの連載記事、面白かったよ」などと次々に声を掛けられた。お顔とお名前の記憶が一致しない方や全く存じ上げない方も、私の名札を見て遠慮がちに声を掛けて下さった。こんなに多くの方が、私の拙文を読んで下さっていることを実感し、素直に嬉しかった。
そうした方々の中で都合8人のパイプ愛煙家の方から「ここに来れば、ひょっとしたら先生に会えるかもしれないと思い、ダンヒルパイプを持参しました」と真贋鑑定を依頼された。私は内心面食らった。パイプ仲間や愛煙家から「先生」と呼ばれたのは、人生でこれが初めてだからだ。
私は多少年齢を食った市井のパイプ喫煙愛好家の一人に過ぎない。パイプクラブ連盟の副会長と岡山パイプクラブの会長を務めているが、パイプ仲間の皆さんのお世話係であり、使い走り役だと思ってやっている。タバコという嗜好品が大好きな趣味の仲間で結成した愛煙家団体のこうした役職に何の権威もあろう筈がない。そもそもパイプ愛煙家の組織に役割の違いはあるが、上下関係は一切無い。老若男女、皆完全に平等であり、仲間であり、そして絶滅危惧種としての同志だ。
だから「先生」と呼ばれたことはこれまで一度もなかった。
「先生」と呼ばれることに慣れておらず、何となく気恥ずかしいが、パイプクラブ連盟のホームページに“ダンヒルパイプ”真贋鑑定の連載記事を書けば、やはり「先生」と呼ばれる立場になるのだろう。私如きに会えるかもしれないと思って、わざわざ遠方から東京パイプショーにいらして“ダンヒルパイプ”を持参なさったことに恐縮するばかりだ。だから「はいはい」と二つ返事で快く鑑定させて頂いた。
鑑定依頼された“ダンヒルパイプ”は多い方で20本余り、少ない方は10本くらい。合計100本以上鑑定したが、その結果は、ざっと6割が普段使いのもの。本物のダンヒルパイプは4割だった。実に多くのパイプ愛煙家が、“ダンヒルパイプ”と思って、普段使いのパイプを高値で購入なさっている現実に改めて愕然とした。
鑑定依頼なさった方の中に一人むこうみずそうな若い方がいらした。
連載記事の3回目で、「〇フオクや〇ルカリなどの通販サイトで、刻印部分を鮮明に撮影してない“ダンヒルパイプ”は購入しない方が賢明ですよ」と私は忠告したが、その記事を読んだにも拘らず、刻印不鮮明のサンドブラストの “ダンヒルパイプ”を敢えて購入したとのことだった。
理由を伺ったら「もし本物だったら、得するから」との言。
世の中には色んな考え方があるものだ。
結果は言うまでもない。「普段使いにどんどん使って下さい」と伝えると少し落胆なさった。気の毒に思ってやや詳しく“ダンヒルパイプ”の真贋の見分け方のコツを伝授すると「良い勉強になりました。ありがとうございました」とにっこりされた。
この連載記事も4回目となり、基本的な鑑別方法の紹介だけでは物足りなく思っておられる愛読者もおられるだろう。そこでせっかくの機会なので、連盟ホームページの愛読者の方に偽物製造業者に悪用されないと思う範囲で、その見分け方の一端をご教示する。
「1980年以前に製造の古いダンヒルパイプは、
①シェルタイプはサンドブラストが深い。ツルツルした感じのものは無い
②スムースタイプで傷を埋めたものは無い。
ブライアーに傷があるパイプは系列会社のパーカーに流していた」と言うことだ。
この簡易鑑別法は結構役に立つ筈だ。覚えておかれると良い。
ホワイトスポットと製造年号、刻印だけで判断せず、ボウルの写真をじっくり見て判断して頂きたい。
どうしても本物のダンヒルが欲しいなら、東京の銀座菊水さんやKagayaさんなど、連盟のホームページに広告を出しているような信頼できる店で購入して頂きたい。新品は当然それなりに高価である。しかし安さに惑わされて○フオクや○ルカリなどの通販サイトで中古品を購入し、後で偽物を摑まされたと悔やむよりはるかに良い筈だ。
ここから先は余談になる。笑いながら読んで欲しい。
東京パイプショーで奇怪な人に出逢った。
私が知人のパイプ仲間と談笑していると、私が存じ上げない60絡みの年配の方が突然、話に割り込んでこられた。その方は多くのパイプを持参され、それらを勝手に披露して私に自慢なさった。
云く「ブライアーパイプは誰でも持っている。ワシが持っているこのオリーブ製パイプは珍しいものだ。黒檀製パイプは誰も持っていないだろう」。このお方が披露なさったオリーブの木で作ったパイプは柘製作所さんが輸入して販売しており、黒檀製パイプも発展途上国のお土産屋で売っているもので、どちらも私は持っていると答えた。
「それならこれはどうだ。これほど白く綺麗なパイプは見たことがないだろう。どこの店でも売っていない。これは日本で数人しか持っていない大変な貴重品だ」と自慢なさった。
私が「それは柘製作所さんが戦後輸出用に作っていたユリア樹脂のパイプですよ。それも何本も持っています。それ程貴重なものではないですよ」「そもそもユリア樹脂のパイプでは美味しくタバコが喫えませんよ」と正直に答えた。
このお方、私の返事がどうもお気に召さなかったようで「ワシは18歳の時からパイプを始めてかれこれパイプ歴40年だ」と急に話題を変えた。自尊心が傷つかれたようだ。私は仕方なく「はあ、それは凄いですね」と適当に受け流した。
はて? 私は約半世紀の間、パイプ喫煙一筋なので、私の方が少々長い筈だが‥‥。
パイプ歴の長さを自慢しても、何の自慢にもならず、そもそも無意味と思うが‥‥。
このお方は続けて云く「日本パイプクラブ連盟のホームページに、偽物ダンヒルパイプの話を書いている“かやま”を知っているか? あいつにパイプを教えたのはこのワシだ。あいつも最近は立派になったものだ。このワシを誰だと思っている!」と私の生返事にお怒りの様子がありあり。
周りの方々が私を「こうやまさん」と呼んでいるのに気がつかなかったのか、あるいは周りが誰も相手をしてくれないので、今様の表現で単にマウントを取りたいのかもしれないが、出鱈目なホラを執筆者本人に面と向かって言われたので、私は少々腹は立つものの、おかしさの余り噴き出したくなった。
「貴方が誰だか知りません。今日が初対面でしょう」。私の胸の名札を掲げてみせて「私がその記事を書いた、こうやまです」と申し上げた。そのお方は表情が一変「なんで岡山から来ているんだ!」など意味不明のことを言って逃げて行った。
パイプを嗜む人の中にも変な人がいるものだ。
もし、読者の周辺に「香山のパイプの師匠はワシだ」と変な自慢を吹聴する人がいたら、相手にしないで頂きたい。