パイプの愉しみ方
煙草蒐集家 芹澤弘光氏インタビュー
日本パイプクラブ連盟事務局は、静岡県下田市在住の世界的な煙草蒐集家の芹澤弘光氏を訪ね、煙草を蒐集しようと思ったきっかけや、蒐集にまつわる様々なエピソードなどについてお話を伺った。芹澤氏のコレクターとしての型破りの人生航路や貴重な煙草コレクション、蒐集哲学のお話は実に興趣をそそるものだった。
当ホームページ愛読者の方々にご紹介する。
――紙巻煙草(シガレット)を蒐集し始めた経緯は?
芹澤氏 一番最初は、若い頃に喫っていた煙草のコレクションを始めたことでした。空箱を蒐めるのでは詰まらないので、色んな未開封の煙草を蒐めました。二十歳の頃だったと思います。もう時効でしょうから白状しますが、私は実は十六歳の高校生の時分から煙草を喫い始めました。育ったのが伊豆半島の奥深い田舎でしたので、両親も周囲も何も言わなかったし、高校では皆喫っていました。昔のことで先生方も黙認でした。おおらかな昭和の香りを残した良い時代でした。
当時国内で販売していた日本製の煙草(シガレット)を一通り蒐めてしまうと、今度は世界の煙草を蒐めてみようと思い立ちました。国内で入手できたキャメル、ラッキーストライクの両切りなどを手始めに少しずつ蒐め始めました。
蒐め出してから、いつか煙草をきっかけに人との良い繋がりができて仲間ができるんじゃないか、いつか良いことがあるんじゃないかと思うようになりました。これが煙草蒐集を始めたきっかけだと思います。
――外国製煙草まで蒐集し始めると、一気に蒐集のハードルが上がりませんか?
キリがないです。(笑)
世界には二百カ国ほどありますし、加えて昔の煙草まで年代を追うと本当に底なし沼に陥ります。そこで自分なりに方向性を定め、私が大好きなターキッシュ葉(高級トルコ葉、オリエント葉)を使用した煙草製品を主に蒐集することにしました。
私が子供の頃に叔父がターキッシュ葉を使ったラムセスII世という高級煙草を喫っていました。子供なりに国産の煙草と一味違った芳しい香りだなと感心して、ターキッシュ葉の煙草に強い興味を持ちました。いつか自分も喫ってみたいなと。ただ、二十歳過ぎの頃はラムセスII世は高価で私の給料では手が届きませんでした。そうこうするうちにラムセスII世は販売中止になってしまいました。販売中止になると、コレクターとして逆にどうしても欲しくなります。一度喫ってみたくなります。ラムセスII世、ゲルべゾルテ、アンドロンという今では製造していない、売っていない幻のターキッシュ葉の高級煙草の蒐集の深みにはまりました。
これがターキッシュ葉のシガレットを主に蒐めるようになったきっかけです。
――トルコ葉のシガレットの魅力は何でしょうか?
まず一目見て煙草のパッケージがすごく綺麗です。エキゾチックで格好良いデザインばかりです。高価な原料のターキッシュ葉を使う煙草は高級品だから箱のデザインにもお金をかけています。
何よりもバージニア葉(黄色葉)のシガレットと比べて香りが独特で味がまろやかで素晴らしいです。ハーブ系のアロマチックな香りがします。バージニア葉系の煙草と比べて、刻んだ葉が小さいと思います。特にエジプト製煙草のクレオパトラはそんな感じです。
ターキッシュ葉の煙草を蒐め始めた当時は二十代後半でした。蒐集家が参加する様々な煙草のオークションは当時からありましたが、私は給料の範囲内で蒐めていました。
ターキッシュ葉の煙草を一通り蒐めてしまうと、やはりシガレット煙草の主流のバージニア葉系の煙草にも関心が広がりました。しかし、日本国内で簡単に手に入る現行の煙草を蒐めても詰まらないので、昔の煙草の蒐集を始めました。専売公社時代に製造中止になった煙草から始めて、大蔵省専売局当時の煙草、それから明治31年に専売局が出来る前の民営時代の煙草という具合です。民営煙草を蒐めるうちに刻み煙草、昔のキセルの蒐集も始めました。
――そこまで蒐集の範囲を広げると、失礼ながら給料の範囲では厳しくなりますね。桁違いの資金力が必要になります。
その通りです。私は高校を出るとすぐにホテルマンとして働いていました。最初は給料の範囲内で何とか煙草を蒐集していました。しかしどうしても欲しい煙草があると後先考えずにすぐに買ってしまいますから、給料分で賄えないとクレジットカードの借金で支払っていました。いつしか膨れ上がったクレジットカードの借金の返済でアップアップしていた三十代の初めの頃に、煙草の神様の思し召しでしょうか、競馬で当てたのです。
私は競馬も大好きで、若い時からずっとやっていました。いわゆる穴馬、大穴馬狙いの競馬でいつもすっ転々になっていました。しかしカードローンの借金返済で苦労していた頃に、いわゆる万馬券を立て続けに当てたのです。
百円の馬券が百八十万円、六百万円になりました。最高で二千九百八十万円の超大穴馬を当てたこともあります。今から振り返って考えると夢のような出来事で、煙草の神様が煙草蒐集を続けるように後押しして下さったのだと思います。
競馬で当てたお金で溜まっていたカードローンはすぐに返済し、残りのお金を軍資金にして本格的に世界の珍しい煙草の蒐集に打ち込みました。
――まさに破天荒なお話ですが、煙草蒐集より、競馬の予想屋の方がうまくいったかもしれないですね。(笑)
今も競馬はやっています。穴、大穴の万馬券狙いです。いつも大体、二十通りくらい賭けますが、このところさっぱりです。(笑)
四十歳でホテルマンの仕事を辞めてからは、煙草蒐集と競馬をライフワークに毎日過ごしています。
――話を戻します。珍品煙草、稀覯品煙草の蒐集方法はどうなさっていますか?
インターネット利用のオークションが主です。製造中止になった外国の珍しい煙草はネットのオークションに参加しないと入手できません。ネットでオークションが開催されると世界中の煙草蒐集家が集まります。いつも常連で参加して、一通り入札していると、「Japan Serizawa」ということでいつしか馴染みというか、名前が知られるようになり、海外の煙草蒐集家との個人的な繋がりが出来てきます。入札、落札ばかりでなく、私のコレクションの中で複数所持している煙草の出品もするようになりました。
私は英語が苦手なのですが、オークションに常連で参加しているうちにアメリカ人の蒐集家と知り合いになりました。後で、知ったのですが、その方は世界でも指折りの有名なスーパーコレクターで、最初にその方と知り合いになれたのが幸運でした。
その方が持っていない煙草を私がたまたま持っていると、「交換しないか」という申し出があるのです。そこで、私が欲しい銘柄の煙草をいうと、物々交換で直取引が成立するのです。
今では、その方だけでなく、英国、ポーランド、ドイツ、フランス、ブラジル、ロシアなどの煙草蒐集家と付き合いができ、フェイスブックの非公開グループを作って稀覯品煙草に関しての様々な情報交換をしています。
――蒐集した膨大な煙草のコレクションはどうやって整理なさっていますか?
私は整理整頓があまり得意な性分ではありません。(笑)
コレクターとして本当は国別、時代別などにきちんと分けて分類して整理すべきだと思いますが、今は蒐集の作業の方に集中していてなかなかその時間がありません。蒐めた煙草は実は、大きなプラスチックケースの箱に放り込んでいます。ただ、どの箱にどの煙草が入れてあるかは、きちんと頭の中に入っています。今では巨大な箱が4箱になってしまいました。家の中で置く場所に困って廊下に置いているのが実態です。分類整理の作業は老後の楽しみにとっておきます。(笑)
――これまでの蒐集歴で、入手で一番苦労したのはどの銘柄ですか?
第二次大戦前にドイツで製造されたゲルべゾルテです。この煙草は1920年代に発売されたターキッシュ葉主体の甘い香りで芳醇な味の煙草です。楕円形の切り口が特徴的です。ドイツ敗戦で一旦製造中止になりましたが、1950年代に復刻され、ドイツを代表する高級シガレットとして有名でした。日本でもとても人気がありました。体に良くない添加物が含まれているとして確か1985年に製造中止になりました。
戦後に復活したゲルべゾルテは、オークションでも時々出品されており、かなり高価ですが入手できるので、私も20本入りや10本入り、50本入り缶など何種類か持っています。しかし戦前のものは世界中探してもほとんど残っていないと思います。
私が何としても欲しかった戦前に製造されたゲルべゾルテを、フェイスブック仲間のドイツ人の蒐集家が持っていたのです。このドイツ人の蒐集家はゲルべゾルテを製造年毎にほとんど蒐集していました。そこで「譲ってくれ」と頼みましたが、断られました。頼んでも頼んでも断られました。数百回やりとりしたと思いますが、相手も根負けしたようでようやく5箱譲ってくれました。
私が譲って貰ったのは25本入りの戦前の製品です。
――入手するに際してオークションで一番高価だった煙草は?
ドイツ第三帝国時代の第二次大戦下のドイツ国防軍配給品のオリエント葉シガレットです。ナチスの鉤十字の模様が刻印してある煙草です。陸軍用のものと空軍用のものがあります。軍用の煙草で、世界でほとんど残っていないので、オークションでも出品されると高価な値段がつきます。空軍用の珍品がオークションに出品されたと知り、私も入札に参加しました。値段がどんどん跳ね上がりました。どうしても欲しかった製品なので、私も頑張って頑張って何とか落札できました。
――価格は?
うーん‥‥。内緒です。うん百万円以上ということにしておいて下さい。
ちなみにこのナチスドイツ空軍の配給品煙草ですが、オークションに参加し損なったある海外の大金持ちが、私が落札したと知り、譲って欲しいと言ってきました。参加し損なったのが悔しかったのでしょう。私が断ると、何と数億円単位の金額を提示してきました。お金はとても大切ですが、お金にモノを言わせるような強引なやり方は一蒐集家として好きではありません。そこで断りました。すると今度は十数億円というとんでもない金額をオファーしてきました。もちろんキッパリ断りました。
――その十数億円という時価がついた貴重なナチスドイツ空軍のシガレット煙草を、先日のパイプ仲間の愛煙家の集まりで、芹澤さんは惜しげもなくパイプ仲間に喫わせて下さいました。その心意気に深い感銘を受け、ひたすら頭が下がるばかりです。芹澤さんの煙草蒐集家としての信念をお聞かせ下さい。
偉そうなことを言うつもりはありません。
煙草は喫ってその香りと味を味わうために存在します。蒐集自体が自己目的化しては本末転倒ではないかと思います。私が苦労して蒐めたコレクションを、自分で喫って香りと味を楽しむだけでなく、煙草が何よりも好きな本当の愛煙家の方々にも味わって頂いて、心から喜んで頂き、愛煙家の仲間としての繋がりが広がれば、それで十分だと思っています。
(終わり)