パイプの愉しみ方

パイプの愉しみ方

続 偽ダンヒルパイプにご用心 3  全部本物だった!

日本パイプクラブ連盟副会長 岡山パイプクラブ会長 香山 雅美

 

今年の5月連休(G W)は上京して、色々とパイプクラブ関係の催しなどに顔を出したり、パイプ仲間と一杯飲んだり、パイプ屋さんを覗いたりして東京で楽しく過ごした。

 

今年のG Wの東京滞在で驚いたのは外人観光客の激増ぶり。銀座、浅草、六本木、神楽坂など繁華街の界隈をぶらぶら歩いていると、聞こえて来るのは外国語ばかり。道行く人々のほぼ4人に1人は欧米人。外見だけではすぐに分からない東洋系の中国、台湾、韓国人も含めると3人に1人は外国人というのが実態ではないか。武漢コロナが蔓延していた期間中は外人さんをほとんど見かけなかったのに、いつこんなに大勢来たんだろうと驚いた。国際都市東京と言えばそれまでだが、岡山から東京に来ただけで、外国の都市を訪ねたような錯覚に陥りそうだった。

 

外国人観光客数が多い都市ではフランス・パリが有名だが、今や我が日本の東京もパリと並ぶ世界トップレベルの素晴らしい観光都市になったということだ。大勢の外国人が日本を訪問してその魅力を知り、日本に親近感を抱いて下さることは素直に喜んで良いことだろう。

 

ただパイプ喫煙愛好家として困ることが一つある。部屋に灰皿が置いてある喫煙自由のホテルや旅館の予約が難しくなったことだ。都心の喫煙自由ホテルはそれほど多くはない。喫煙自由の宿は人気があるので、コロナが流行した閑散期でも早めに予約しないと厳しかったが、愛煙家の外国人が日本に殺到するようになってからは、数ヶ月前に予約しようとしても既に予約で一杯だ。

 

私は喫煙自由ホテル以外には宿泊しないのを原則にしている。だから、やむなく東京郊外や千葉県、埼玉県の喫煙自由ホテルまでわざわざ足を伸ばすか、それでも見つからなければパイプ仲間の友人宅に泊めて貰う羽目になる。

 

集客に苦労なさっているホテル経営者の皆様に一つ教えてあげたい。

「世の中の経済原理は需要と供給で成り立っています。部屋で自由に喫煙できるようにするだけで、予約ですぐに満室になりますよ」

 

最初から余談になってしまった。愛煙家の愚痴だ。お許し願いたい。

 

さて、日本パイプクラブ連盟役員のS博士から「ご上京の折に一緒にお食事しませんか」という嬉しいお誘いがあった。あいにく私のGW期間中の予定が詰まっていたため、岡山へ夕方の飛行機で帰る当日の昼食という段取りになった。ところがその日は振替休日で、料理屋やレストランは日中の営業はしていない。そこでS博士はご自宅での午餐に招いて下さった。お昼ご飯を一緒にした後、食後のパイプ喫煙を思う存分楽しみながら歓談できるようにというお心遣いだ。私一人でお邪魔するのも気が引けるので、共通の友人のパイプ仲間と一緒に伺い、大いに話が弾んだ。

 

博士のご自宅の書架には蔵書と専門資料類が所狭しと天井まで積み上げられている。ご愛用のパイプ類は玄関脇書架の諸橋大漢和辞典の隙間や居間の至る所に少しずつ並べてある。

 

以前、パイプ仲間の新年会でご自宅にお招き頂いた時にチラリと拝見して、玄関脇のパイプは大半がダンヒル、作家モノのアンネユリエもあるなと見当はついたもののじっくり見せて頂いた機会はなかった。博士とは長い付き合いだが、ご自身のパイプ蒐集についての話を伺ったことは一度もない。パイプのブランドにはこだわりがないパイプ愛煙家だろうと勝手に思っていた。

 

私はご自宅にお招き頂いたささやかなお礼として、「差し支えなければ博士のダンヒルパイプを鑑定させて下さい」と申し出た。いわば押し掛け鑑定だ。 博士は「コレクションというほどのものではありません。少し揃ったという程度」「偽物ばかりだったら恥ずかしいな」などと言いながら、快く書架からパイプを持ってきてテーブルに並べた。

私は一本一本、時間をかけて慎重に吟味しながら鑑定した。

さて結果は?

 

書架に並べてあった25本全てが本物だった!

 

博士が蒐めたダンヒルパイプは1950代から1990年代頃に製造された比較的古い年代のものが多かった。パイプ愛煙家にとっては良き時代の製品だ。古いパイプのうち内4本はマウスピースを交換していたが、ボウル本体は本物だった。マウスピース交換のパイプにもホワイトスポットは付いていた。これは交換する新しいマウスピースに穴を開けて白いプラスチック片を埋め込めば出来るので、修理に出したお店が顧客サービスで行なったものだ。

 

これまで多くのパイプ愛好家のご自慢のダンヒルコレクションを鑑定してきたが、偽物と思われるパイプが一本も無かったのは、今回が初めてだった。ついでに鑑定したアンネユリエの2本のパイプも正真正銘の本物だった。鑑定結果をお伝えすると博士は顔を少し綻ばせて「良かった」とおっしゃったが、私自身もなんだか自分のことのように嬉しくなった。

 

「これだけダンヒルパイプを蒐めるのは大変だったでしょうね」とお尋ねすると、新品のダンヒルパイプを喫煙具専門店で購入したことはそう多くはなく、尊敬するパイプの先達や信頼できる友人から頂いたり、譲ってもらったパイプの方が多いとのこと。日本パイプスモーカーズクラブ(JPSC)の年2回のオークションで入手したのもいくつかあるとのことだった。

 

「小ぶりの上品な雰囲気のパイプが好きなので、ひと目見て気に入った上品なパイプを少しずつ蒐めているうちに、いつの間にかダンヒルが多くなった。ダンヒルブランドにこだわった訳ではないし、そもそもダンヒルパイプについての知識もホワイトスポットがある位の初歩的なものでしかない」とのご説明だった。説明を伺って素直に感服した。

 

創設50周年を迎えた日本パイプクラブ連盟(PCJ)設立の中心母体となった歴史と伝統のあるJPSCの紳士淑女の古参会員なら、銀座・菊水さんや新宿・Kagayaさんなどの信頼できる正規取扱店で購入した方が多いだろうから、オークションに出品するダンヒルパイプに偽物が混ざる可能性は極めて低いだろう。

 

それでも今のJPSCの若い会員の方々の中には、内外のネットオークションでダンヒルパイプを入手なさる方が増えていると聞く。私はこれまでこの連載で何度も指摘したが、国内の○○オクや、○○カリ、海外の○○ベイなどのオークションサイトに出品されるいわゆる「ダンヒルパイプ」のほぼ半分近くは偽物である。偽物製造業者はもってのほかだが、出品者自身も本物のダンヒルパイプだと信じ込んでいるから困るのだ。伝統あるJPSCの会員オークションと言えども、偽物が混入しない保証はない。

 

博士はご自身の好みと審美眼に従っているうちに、結果的に本物のダンヒルパイプばかりが蒐まった。ダンヒルというブランドに憧れて蒐めた訳ではないから、これは正直驚くしかない。

 

優れた感性があれば、ダンヒルパイプの刻印や製造年などの詳しい知識がなくとも、偽物に惑わされることはなく、本物が自然に集まって来るということだろう。ダンヒルが良質の原木ブライアーだけを選び抜いて、一流のパイプ職人が精魂込めて製作し、仕上げたパイプ。見る人が観れば自ずとわかるということだ。

 

ダンヒル好きが嵩じて、あれこれ仲間に講釈を垂れているうちにいつの間にか真贋鑑定家にまで祭り上げられてしまった私としては、清々しい発見だった。本物ばかりを拝見できた眼福の時間だった。

 

やっぱりダンヒルパイプって良いなあ‥‥。