パイプの愉しみ方

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ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ

Q

 

7月の梅雨時の猛暑。気候が悪い時は涼しい映画館で時間を過ごすに限る。大して期待しないで偶然観た作品が米国のドラマ映画「ホールドオーバーズ」(原題The Holdovers)。

 

低予算の地味な作品だが、期待を遥かに上回る秀作だった。

 

2時間13分の長尺もの。淡々と描写が続いて特に盛り上がった場面はないが、脚本と演出、役者の演技がいずれも優れており、飽きずに最後まで惹きつけられた。 観終わった後で知ったが、2024年の米国アカデミー賞に作品賞以下5部門でノミネートされ、助演女優賞を獲得しただけのことはある。監督は遅咲きの名匠アレクサンダー・ペイン、主演は冴えない中年男を演じたらピカイチのポール・ジアマッティ。 助演は超個性派黒人肥満女優のダバイン・J・ランドルフと新人のドミニク・セッサ。

 

映画の舞台は1970年。米国マサチューセッツ州にある私立の名門全寮制寄宿学校。古代ギリシャ史を教える中年の偏屈な教師ポールは生徒や同僚からも嫌われ、かつて教え子だった校長にクリスマス休暇に家に帰れない生徒たちの監督役を押し付けられた。 金持ち男と再婚した母親に除け者にされ寄宿舎に居残る羽目になった高校生アンガス、これに寄宿舎の食堂の料理長で、自分の息子をベトナム戦争で亡くしたメアリーの3人が2週間の休暇を一緒に過ごすという物語設定だ。

 

物語が進行するうちに、ポール、アンガス、メアリーの隠れていた事情や内面が次々に明るみに出てくる。脚本と演技の冴えに舌を巻く。主役のジアマッティは主演男優賞は惜しくも逃したが、優れた舞台劇を観ているようだった。おそらくこの作品は今後、舞台劇でも演じられるようになるだろう。

 

1970年(昭和45年)当時のベトナム戦争の泥沼にハマり込んだ米国の世相を写実的に描いている。髪型、服装、小道具など細部に至るまで手抜きが全くない。2023年の作品だが、53年前の1970年の制作と言っても通るだろう。

 

昭和45年といえば、私は高校生だった。三島由紀夫が自衛隊に蹶起を呼び掛け、市ヶ谷で自決した年だった。日本とアメリカでは世相は当然違うが、日本では高度成長期の繁栄がまだまだ続くと信じられていた時代だった。 アメリカではそれまで長く安定していた価値観が、公民権運動とベトナム戦争により徐々に壊れていく過渡期の時代だった。この作品はアメリカ社会が不安定に向かっている当時の空気を活写していた。監督の手腕が見事だ。

 

物語の小道具として目立つのが主人公ポールがいつも咥えているパイプ。安物のブライヤーパイプだと一目瞭然だが、喫い方、煙の出し方が様になっている。この時代は誰しもがタバコをプカプカ喫っていたのだ。 今の日本のNHKや民放が、悍ましい嫌煙勢力に屈してタバコが存在しなかったかのような連続時代小説などのウソの安っぽいドラマを平然と制作しているのと、監督の志がまるで違う。 私が日本のテレビドラマを一切見なくなってから久しい。愚かな時流に迎合した安直なウソが多すぎるからだ。日本のドラマ制作者は恥を知るべきだろう。

 

辛口ついでに一言。日本上映での題名「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」はなんとかならないものかと思った。原題The Holdoversを単にカタカナにしただけで、余計な「置いてけぼりのホリディ」を付け加えている。最近の映画配給会社の担当者の知性の欠如と言うしかない。

 

ネタバレになるので、物語の筋は紹介しない。ハリウッド流のハッピーエンドにはならないことだけ言っておく。映画館に行ってご自分で鑑賞して欲しい。観終わった後で、何か説明し難いしみじみとした感慨に襲われることだけは保証する。

 

公式サイト→https://www.holdovers.jp/#/