パイプの愉しみ方
続 偽物ダンヒルパイプにご用心 その4 ホンモノそっくりさん出現
先日、この連載を始めるきっかけになったパイプ初心者のお方に、近所のインポートショップでバッタリ出くわした。久しぶりの再会を祝して互いに近況報告するうちに、 そのお方はポケットから一目でわかる高級パイプを取り出して「最近入手したダンヒルパイプです。 鑑定をお願いしたいのですが」と依頼があった。私の連載記事のきっかけになった大切な方だから、喜んで引き受けた。
スムースのベントタイプで、刻印は1955年製。約70年前の古いパイプだが、火を着けた形跡は一度もない完全な未使用パイプだった。 ブライヤーは全体に良質で綺麗であり、保管状態も良好。マウスピース部分の形状と刻印をつぶさに観たが、特に不審な点は見当たらない。 ホワイトスポットも年数を経て象牙色に変化しており、自然な感じだ
時間がなければ、ぱっと見で「本物ですよ」と鑑定するところだが、私の直感が「ちょっと待てよ。どこか変だぞ」とささやいた。言葉でうまく言い表せないが、全体的な印象から何かが引っ掛かったのだ。
そこで近所のたばこが喫える馴染みの喫茶店へ連れ立って行き、かつてダンヒル社営業部長氏からの直伝の鑑定方法を基にブラックライト照射、拡大鏡などを使って改めてじっくりとさまざまな箇所を観察し、点検した。
結果は、真っ赤な偽物だった。
素人の出来心や悪戯レベルの品物ではない。一流の木工細工職人に作らせているホンモノそっくりさんだ。 最初から偽物を作ってパイプ愛好家に高値で売り捌くことが目的の贋作そのものだ。はっきり言おう。C国の偽造組織が作ったC国製の偽ダンヒルパイプである。
私のようにダンヒル好きが嵩じていつの間にか「ダンヒルパイプ鑑定家」の異名が勝手につけられたレベルでないと、見破るのはなかなか難しい。 実際、この職人レベルの精巧な模造品となると、マウスピースや刻印などを基にした肉眼での通り一遍の鑑定方法では見破れないだろう。
鑑定依頼なさったお方に、心を鬼にして真実を告げざるを得ない。
「残念ですが‥、偽物です」。なぜ、偽物と断言できるのかの理由も説明した。
結果を聞いてやはり肩を落とされたので、そこそこの大枚をはたいて購入なさったものと察した。どこで購入なさったのか、出所を尋ねると、やはりヤ〇オクとのだった。
私は、昨年3月から始めたこの連載を通じてヤ〇オクや、○ルカリ、イー○イなどのインターネットの内外の通販サイトで売買されている「ダンヒルパイプ」のほぼ半分は偽物だということを、口を酸っぱくして警鐘を鳴らしてきた。
「安物買いの銭失い」という諺があるが、本物と偽って安くない価格で取引されているから問題なのだ。しかも最近は贋作を組織的に製作するなど手口が巧妙になっており、ネットで少し学んだ程度の鑑別知識ではなかなか見破れない。
パイプ愛好家にとって憂慮すべき事態になっていると言えよう。
話はやや傍に逸れるが、少し前の今年(令和6年)6月29日の日本経済新聞朝刊に1ページの全面広告が掲載された。
老舗の買取業者が「あなたの家に眠っている喫煙具を高価買取」と謳い、「専門の査定士が責任を持って、一点一点査定します」とある。目にした方も多いだろう。
芸術品レベルのヨーン・ミッケやイバルソンのハンドメイドパイプやダンヒル製パイプ、徳富博之氏のパイプなどの名品が、写真と参考買取金額の事例を併せて掲載されていた。
パイプ仲間の日経OBに尋ねたら、全面広告なのでざっと数百万以上の広告掲載料がかかるそうだ。 さらに7月前半に東京都内と神奈川、埼玉、千葉のホールやホテル17ヶ所をそれぞれ一日借りて専門の査定士に査定させるとあるから相当な経費である。 それだけの高額の経費を掛けて、家庭で眠っている中古パイプを集めるのは、ビジネスになるからとの目論見だろう。
高級紙の日本経済新聞にこの様な広告を掲載したのは良いアイデアだ。日本では1970~1980年代頃に今では考えられない空前のパイプ喫煙ブームがあった。 各界の愛煙家名士がシガレット党からパイプ党ににわかに衣替えして、ぷかぷか煙を燻らせていたものだ。
日経を購読している一流企業役員やビジネスマン諸氏の中には、お父さんやお爺さんが大切にしていたハンドメイドの高価なパイプを形見として貰っている方が、かなりいると思う。 ご自身はパイプを嗜まないから中古パイプの価値がわからなくとも、新聞広告でヨーン・ミッケのパイプが80万円〜、イバルソンが50万円〜、ダンヒル、徳富で5万円などと具体的に値付けしてあれば、 「押入れの中でずっと眠らせていても仕方がない。買い取ってもらおうか」と思うのは自然な流れだ。
でも、日本でのパイプブームは過去のものであり、今でもパイプを楽しそうにぷかぷか喫っているのは、絶滅危惧種と笑われる我々日本パイプクラブ連盟に集う仲間くらいだ。現在、日本全国にパイプ愛煙家はどのくらいだろうか。 パイプクラブに入っていない方々を含めてもおそらく十万人を大きく超えることはあるまい。まして高級パイプを蒐める愛煙家の数は多寡がしれている。
そんな日本で、どうして中古パイプ買取のビジネスが成り立つのだろうか?
それが、世界に目を拡げればちゃんと成り立つのである。
この老舗買取業者の目の付け所は冴えていると思う。
例えば、最近のヤ〇オクをご覧あれ。
ヨーン・ミッケやイバルソン、アンネ・ユリエなどの作品が高価で取引されている。実際に200万円を超える金額で落札されている例も散見される。
ヤ〇オクを利用して、それらの高級ハンドメイドパイプを続々と落札しているのはC国のバイヤーにほぼ間違いない。
話は変わるが、私の家業は書道用品を扱っている。先日、C国人が高価な印材を買い付けに来た。どこで調べたのか判らないが、岡山の様な地方都市にまで買いに来るとは、その熱意に感心した。
何故、ウチの会社にまでわざわざ来たのか尋ねたら、C国人バイヤー曰く。
「貴社は、今は大したことはないが、かつて書道用品専門店では日本で有数の繁盛した会社で、毎年C国から直接大量に購入していた、その様な処には印材の田黄の名品があるはずだ」
まあ率直というか、人を馬鹿にした様な物言いだった。
私が「印材も良いけど、硯で良い物があるよ」と言って見せようとしたら、「硯は重たいから駄目だ」とピシャリ。その理由は「今のC国では資産価値があって場所を取らない物品で、 宝石など価値が一般に知られている物以外を競って購入する大金持ちが多い」との返事だった。
パイプは軽いので、C国の大金持ちの感性にピッタリ合うのだろう。C国は桁違いの巨大な不動産バブルが弾け、経済崩壊の真っ只中にあると日本でも盛んに報道されている。 人民元を持っていても、いずれ紙屑になりかねない。だから小金持ちのC国人民は競って金(ゴールド)を買い求めている。しかし、金は目方が重いので、国外に逃亡脱出する際には不便だ。 またタングステンに金メッキした偽の金延板を掴まされかねない。C国共産党治安当局の目も光っている。
だからこそ高価なパイプが人民元の換金投資の対象になっている訳だ。パイプは軽いし、嗜好品だから当局の目を逃れるのは容易だ。 国外脱出さえできれば、海外では一定の需要があり、値崩れの恐れは低いからいつでも売れる。高額の絵画や骨董は出所を厳しく詮索されるが、パイプは詮索されない。国外逃亡用にまさに格好の財物ではないか。
ただ高価なパイプがC国に流れると、困った事が起きるのは確実である。
それは、贋作が大量に出回るということだ。
C国人は昔から偽物作りに対して平気な感性の持ち主だ。良く出来た偽物は「倣古」と言って本物に準ずる物として珍重する。日本人や西洋人とは真贋に対する感覚が全く異った次元にあるのだ。
清朝最盛期の康熙、雍正、乾隆の三人の皇帝の時代は、農業、商業の発展によって経済が活発化し、国力が増強されて、対外貿易の頻繁に行われるようになり、文化的にも発展し様々な名品が作られた。
この頃作られた陶磁器や硯、墨には名品が多い。
後世、職人が自らの技量が頂点を極めたと自覚すると、昔と同じ材料が手に入ったら、昔の名品と寸分違わぬ物を作って見せて、大いに自慢したという。清朝初期に作られた本物の名品を横に置いてコピーを作るので、そっくりの「名品」が出来る訳だ。
私は「乾隆御墨が出て来たら99%は偽物と思え」と父に教えられた。
昨今、パイプ材料のブライヤーが世界的に品不足である。
パイプ業界の関係者に聞いた話では、その最大の原因はC国人の業者がお金に物を言わせて買い占めているからだと聞く。
今年7月7日に東銀座で開催された東京パイプショーで、私好みの意匠のパイプをたまたま見つけた。出店していたC国の業者さんのもので、1本購入して「この作家はデザインが良いね」と褒めたら、店主さん曰く「米国や欧州の著名パイプ作家からパイプと意匠権を買い、 大量のブライヤー原木の中から殆ど同じパイプ材質を作れるものを選んで、我がC国の一流の職人に真似て作らせた」と自慢していた。
ヨーン・ミッケやイバルソンなどのハンドメイドパイプもこれと同じ様に作られ、そっくりの刻印を真似られたら真贋の鑑定は非常に難しくなるとつくづく思った。
私は作家もののハンドメイドパイプについても、鑑定力を上げるべくひたすら努力しようと決意した。