パイプの愉しみ方
続 偽物ダンヒルパイプにご用心 その6 怪しいパイプスモーカー
先日上京した際、パイプ煙草を買いに有楽町の東京交通会館地下一階にあるkagayaさんを訪ねたら、開店は11時からだった。そこで近くの喫煙所で開店まで時間潰しをすることにした。
待ち時間の調整や時間潰しにパイプで一服ほど便利なものはない。ゆったりと落ち着いた気分になれるし、ものの数分で喫いきってしまうシガレット(紙巻)のようにやたらと何本も喫うこともない。パイプは一度火を着ければ数十分は好きなだけ喫えるから、時刻ギリギリまで喫煙を楽しめる。時間が迫ったのに気付いて着火したばかりのシガレットを慌てて揉み消し、無駄にすることもない。パイプは立って喫うのも良いが、願わくば腰を下ろせる椅子があれば言うこと無しだ。そういう訳で、私は長時間外出する時は、アルミ製の軽量折り畳み椅子をいつも携帯している。
喫煙所の窓際の奥で、携帯椅子に座って一服していたら、突然、六十絡みの初老の男が私にツカツカと近寄り、えらい剣幕で私に絡んできた。
「おい、カヤマ。ワシを覚えているか」
瞬間、呆気にとられて何事か分からなかったが、すぐに「ああ、昨年の東京パイプショーで遭ったあの奇怪な奴か」と気付いた。しょうもないありふれたパイプをやたらと私に見せて自慢した御仁だ。
つまらないパイプの自慢なら、笑って受け流せば済むが、初対面だったその御仁は私にパイプを手解きしたのはこの自分であると出鱈目なボラを吹いた。おまけに私の名前を「カヤマ」と間違えられておられた。私は可笑しさの余り、噴き出しそうになったが、やんわり否定したら、その御仁は「お前がカヤマか」と逃げ去ってしまわれた。
その模様は、昨年の拙稿「偽物ダンヒルパイプにご用心 ―その4―」で、たわいも無い話として紹介した。まだ読んでおられなかった方は、ご笑読されたい。
この御仁、大音声で曰く。
「カヤマ! お前のせいで友達や知り合いに相手をされなくなった。恥をかかされた。謝れ!」
何を言いたいのかと思ったら、ご自身の大事な面子を潰されたから、私に謝罪しろということらしい。
いきなり絡んでこられたので、向かっ腹が立ったが、私は「私の名前はカヤマではありませんよ」と努めて冷静に答えた。
それでもやっぱり腹立ちは堪えられない。
「そもそもアンタが、私の師匠だなどと出鱈目を言わなければ、そんなことにならなかった。アンタの自業自得だろう。何を言うのだ。いい加減しろ!」とつい怒鳴り返してしまった。
顧みるに、齢古希になってもスマートな大人の対応が出来ない自分の未熟さに赤面するが、飛んでくる火の粉は払わねばならぬというのがこの世の習いだ。
すると「悪かったと謝らなかったら、訴えるぞ!」
「どうぞご自由に。元々出鱈目をほざくアンタが悪いのだからね」
この御仁、「おぼえとけ!」と捨て台詞を吐いて逃げて行った。
東京パイプショーには私を知っている方が多く参加している。その場所で自分は「カヤマ」の師匠だと吹聴しても、嘘は瞬時にバレる。そんなことも判らない方がパイプスモーカーを気取っておられるのは残念だ。この御仁、見たところ人相風体はごく普通なのだが、独特の自己愛メンタリティーが日本人離れしていると感じた。
なお、東京交通会館地下の喫煙所の利用時間は8時~11時、14時~21時。11時から14時に利用出来ないのは喫煙室の周りには飲食店がある為との由。
椅子が用意してないので、立って喫煙は残念だが、東京都心で無料で喫煙出来る貴重な場所である。有楽町界隈でちょっと一服したかったら、ご利用されたい。
似た実話をもう一つご披露する。
東京・銀座の喫煙目的の喫茶店でパイプを喫っていたら、パイプを咥えた3人組男性が入店して来て隣の席に座った。私はパイプを掲げて軽く会釈をすると、3人組もニッコリと会釈を返した。パイプスモーカーは自らが絶滅危惧種であるとの仲間意識があるので、顔見知りで無くても同好の士と逢うと自然に挨拶を交わす。
ここまでは良かったのだが、40歳過ぎと思われる一人が20代と思しき若い二人に「お前たちのパイプを鑑定してやるから見せろ」とひどく尊大なもの言いをした。この三人組、どういう関係か分からないが、どうも年配の御仁と若者2名は旧知の仲ではなさそうだ。
若い二人が辞退すると、年配の御仁曰く「ワシはカヤマ先生の弟子で、パイプの鑑定が出来る。今回は特別に無料で見てやるぞ」
いつもの悪い癖で、私はこの状況を看過できなくなってしまった。
そこで「ご歓談中に割り込んでしまうようで、誠に申し訳ありませんが、カヤマ先生と言う方はパイプの鑑定に詳しい方ですか?」と横から話に加わった。
すると年配者が「あんた、ええ年こいてカヤマ先生を知らんのか」とスマートフォンを取り出し、AIを立ち上げ「日本パイプクラブ連盟 香山雅美」を検索し、おもむろにAIが検索した内容を私と若者2名に見せた。
内容は以下の通りだ。
「香山雅美さんは日本パイプクラブ連盟の副会長であり、岡山パイプクラブの会長でもあります。彼女はパイプ愛好家として知られ、過去には世界選手権大会、ワールドカップ、ヨーロパ選手権大会などの海外の大会に参加しています。また彼女はパイプの楽しみ方についての記事を多数執筆しており、その中でパイプ愛好家へのアドバイスや体験談を共有しています」(以下は長くなるので省略)
見せてから御仁「カヤマ・マサミ先生が連盟のホームページに連載しておられる偽物ダンヒルパイプにご用心の記事は、パイプを嗜む者なら必ず読むべきだな」と偉そうに訓戒を垂れ、「ワシはカヤマ先生の弟子で、パイプの鑑定は最も得意なんだ」とひとしきり自慢した。
私は最近のAIは凄いと素直に感心したが、私の名前を「カヤマ マサミ」と読み、おまけに「女性」と判断したのはまさにご愛敬だ。Googleで私の写真も検索したら、男だとすぐに判るのに。この御仁は横着してそこまでの手間は掛けていなかった訳だ。
そこで、私は「貴方とは初対面ですよね。貴方を私の弟子にした覚えはありませんよ。勝手に私の名前を使って嘘をつくのはやめて下さい」
御仁「何を言うか。ワシはアンタの弟子になったことはないぞ」
そこで、私は名刺を取り出して「私はこういう者です」と御仁と若者2名に見せた。
すると御仁は顔色が変わったが「ほう、アンタはカヤマ先生の名刺を持っているのか。わしの兄弟子になるのか」となおもとぼけて誤魔化そうとした。
私はやむなく名刺入れから私の名刺10数枚を出して並べた。
御仁の顔が歪んだ。
「カヤマ先生は女の筈だ!」と意味不明のことを叫びながら猛然と店を飛び出して逃げた。
残された若い二人に事情を尋ねたら、先程、銀座・菊水さんで話し掛けられ、煙草が喫える良い喫茶店があるのでと誘われてこの店に来たとのことだった。
逃げて行った御仁は、おそらく詐欺師の類だろう。パイプに関心を持った世間知らずの若者をカモにして、パイプの先達ぶって口先巧みにカネを無心するか、良からぬ詐欺話に引き込もうとする魂胆だったのだろう。たまたま私が居合わせて良かったとしか言いようがない。
詐欺師の御仁が口を付けずに残したコーヒーを飲みながら、パイプ初心者の若者二人と楽しい会話が出来、良い時間が持てた。
もし私の名前を「カヤマ」と読んだり、私の師匠あるいは弟子だと名乗るパイプスモーカーがいたら、ソイツは嘘つきか、詐欺師の類です。怪しいヤツですので警戒して相手にしないで下さい。
私にパイプ喫煙の素晴らしさを手解きして下さった師匠は皆、泉下におられます。私はパイプの鑑定方法について弟子を取ったことはありません。
そもそも私は「女性」ではありません。