パイプの愉しみ方

パイプの愉しみ方

 2024年秋 中・東欧4都訪問 道中記 その1(プラハ)

JPSC 小枝義人

 

「10月27日にポーランドのポズナンで、11年ぶりにパイプスモーキングコンテストのワールドカップ(WC)が開催」と正式に決まったのは、半年以上前だったと記憶する。

「うーむ、ウクライナの隣国か」。さっそく、いつものリタイア組4人で参加することをすぐ決めた。WC大会の詳報は別稿に譲るとして、ここでは、楽しかった道中記を記したい。

 

「ゆっくり旅」を計画

せっかく欧州まで行くのだから、ゆっくり旅を楽しみたい。全員リタイア組だから慌ただしい旅にする必要はない。高齢者ばかりなので急いで往復したら、却って体調を悪くするに決まっている。

仲間と地図を眺め、「ポーランドと地理的に近く、楽しそうな場所はどこか?」となり、まずチェコのプラハに入って1週間滞在、そこからは国際列車でポズナンを目指すが、距離がかなりあるので途中ベルリンで1泊し、ポズナン入り。3日滞在してワールドカップに参戦。帰国はワルシャワから成田と決まった。

 

旅の成否はすべて事前の準備と手配に掛かっている。エアチケットは早く予約するほど安いから4月に購入。徒歩で歩き回る旅なので宿は便利さが最優先。中心部の旧市街地のアパルトメントを探した。国際列車は2ヶ月前の売り出し開始と同時に通しで1等車を予約。こうして周到に事を進め、羽田を飛び立ったのは10月16日。大会の11日前だ。

 

仲間のうち2人はチェコ(マリアーンスケー・ラーズニェ、2006年)とポーランド(ポズナン、2013年)で開催されたスモーキング大会に参加しているので、久しぶりの再訪だ。筆者は1985年の夏、東欧旅行をして以来、39年ぶりのプラハ、ベルリン入りとなる。

 

当時は米ソ冷戦時代、ガチガチの社会主義国とあって不自由を強いられた旅行だったが、どう変わっているのか、楽しみでもあった。今回はプラハ、ベルリン、ポズナン、ワルシャワの4都訪問物語である。

 

哀愁のプラハ

 

最近の欧州旅行は直行便ではなく、金持ち産油国国営の南回りの航空会社を使うことが多くなった。エアチケットはかなりの割安感がある。機体は新しい。機長と副操縦士は米軍人上がりの熟練パイロット揃いで腕はいい。

産油国で燃料をケチケチしないから、エンジン全開で予定時刻より相当早く着く。雇われ経営陣は米国人ビジネスマンで経営も旅客サービスも合理的だ。欠航や遅延がほとんどなく定時出発・定時運航が徹底している。人気が出ない方がおかしい。

 

今回はカタール航空。一旦ドーハで降りて、3、4時間、ゆったりとしたラウンジで休憩でき、それから欧州各国に飛ぶので体への負荷が軽くなる。ドーハからプラハまでは約6時間の旅だ。到着すると、プラハはもう晩秋で寒いはずだが、今年は最高気温が連日17、18度あったから、昼間はコート不要で歩き回れる。

 

中・東欧諸国は歴史的にドイツやロシアから何度も侵略・支配を受けた哀しい運命にある。プラハも最近ではドイツのヒットラーに占領されたが、幸い街はほとんど破壊されておらず、今も中世の面影を色濃く残す美しいチェコの首都だ。

 

モーツァルトを描いた映画「アマデウス」の舞台は音楽の都・ウィーンだが、撮影はプラハで行われている。人口120万の規模は、たのしく観光するのにはもってこいだ。

 

記憶に残るのは1968年8月、筆者が中学2年の時、街の中心地、ヴァ―ツラフ広場にソ連の戦車が侵入し、民主化を阻止した「プラハの春」事件だ。72年の札幌冬季五輪では、アイスホッケーでソ連とチェコの対戦が激しい遺恨試合となり、みんなチェコを応援したものだ。

 

「いつかは行ってみたい」と子供心に思ったので、85年の初訪問では、この広場に立ち尽くし、映像でしか眺めたことのない現場に感慨を覚えた。その4年後の89年のビロード革命では、この広場に大勢の国民が集い、民主化が一斉に進んだ。

 

そんな当方の勝手な思い込みなど関係なく、今の広場は拍子抜けするほど賑やかで、旅行者が集って、スマホで記念撮影に興じている。「平和とはいいものだ」とつくづく思う。

 

 

プラハ空港からタクシーで旧市街に入って気づいたのは、韓国企業の進出ぶりだ。名前くらいは知っている韓国企業の広告看板があちこちに目立つ。われわれが宿泊した旧市街地中心部のアパルトマンの1階にあるカフェは店先のメニューにハングル文字が併記されていた。宿の受付管理係のお嬢さんに尋ねたら、この部屋のオーナーも韓国人だった。

 

チェコはもともと工業国家で、機関銃や戦車などの武器製造やボヘミアングラスなど工芸品で有名。いまや半導体、造船、武器製造で幅をきかす韓国との親和性が高いかもしれない。

日本が「失われた30年間」で縮み込み、内向きに終始している間に、韓国や中国は、欧州の中小国にも進出していた。遅れを取り戻すには、かなり努力しないといけないなあ。

 

ピルゼンビールとスタバ

 

それにしても、旅の楽しさは、やはり食である。食さえ満足できれば、すべてよしだ。

チェコの物価は日本と同じくらいだから、高くない。外食はランチ程度にして、朝夕は自炊とする。朝はチーズ、卵、ハム、黒パン、ヨーグルト、エスプレッソ。夕食は腕の振るいどころで、新鮮な野菜と果物は、宿の近所にある教会前庭に、朝から夕方まで夫婦で露店を出している八百屋さんに通う。リンゴ、木イチゴ、ブドウが美味い。

 

土曜日の朝、皆で早起きしてモルダウ川(チェコ名=ヴルタヴァ川)の川辺で催す朝市ものぞいた。パリのマルシェほどではないが、肉屋や八百屋がずらりと並んでいる。昨年秋、パリで病みつきになった巨大マッシュルームを見つけたので、料理が得意な仲間に頼んで挽肉と合わせて購入してもらう。今夜は、マッシュルーム肉詰め料理だ。野菜やソーセージ類もたっぷり買い込む。

 

朝夕の自炊料理にはスーパーで仕入れた巨大なロースハムが毎回登場する。味は素晴らしい。この極上ハムを包丁で切り落とし、レタスで包み、気の済むまで食べる。サラミ、ポトフ、あるいは牛肉を煮込んだスープ(いわゆるグァーシュ)を、料理が得意の仲間が次々に完成させる。

 

 

そしてアルコールはピルゼン・ビールだ。日本にはない2リットル入りのペットボトル・ビールをみんなですぐに飲み干す。

異国の宿のダイニング・キッチンで、気の合う仲間たちだけで食事を楽しむ時間は格別だ。物知りの仲間が、国際政治の変化に伴う原油価格の動向、金やダイヤの急騰について語ると、日本で聞くよりリアリティを帯びる。帰国したら、金の価格が1000円以上上がっていたのには驚いた。金1グラム1万5000円時代だ。有事の可能性が高まっている兆候でもある。

 

一方、レストランや立ち呑み酒場でのビールは、本場の新鮮な生ビール。普段あまりビールを飲まない筆者も、中ジョッキ程度なら飲み干せる美味さに感動した。もちろん仲間は大ジョッキでぐいぐいやっていた。スタウト(黒ビール)もうまい!

 

老若男女タバコ好き

 

さてタバコだ。数年前のウクライナ、去年のフランスにせよ、今回のチェコ、ポーランド、ドイツも喫煙にはおおらかだ。欧州人は老若男女問わずタバコ好き。カフェも酒場も室内は禁煙だが、屋外のテラス席や路上喫煙は当たり前で、日比谷公園より広く立派な森林の道でも歩きながら喫える。どのベンチも喫煙自由だ。

灰皿がどこでも設置されているから、吸い殻で街が汚れていることもない。紙巻タバコは完全に市民権を得ている。欧州の街並みは、「犬連れ」と「歩きタバコ」が背景になっている感がある。仲間の1人はプラハからワルシャワに至るまで、ずーっとパイプを燻らせて街中を歩いていた。スーパー愛煙家の彼にとって、さぞかし欧州の旅は快適だったに違いない。

 

プラハ城とカレル橋

 

中世の美しさをあますことなく表現しているプラハ城は、ゆっくり歩きたい。名高いカレル橋をゆっくり渡る。宿から近いので都合3回渡った。城内には壮大な教会のステンドグラスから、作家・カフカが住んでいた狭い住居など見どころは満載だ。

 

それらに加えて、プラハ訪問の機会があれば、ぜひ立ち寄ってもらいたいのは、プラハ城内に開設されているスターバックスカフェである。「世界でいちばん美しい場所にあるカフェ」と言われている。世界中、どこに行ってもマックとスタバはあるが、パリでもバルセロナでも、われわれは入ったことはない。

 

しかし、「ここは、話のタネに入っておこう」となり、1杯800円のカフェでつい長居をしてしまった。屋外は喫煙自由だからなおさらだ。チェコ語で書かれた紙コップのスリーブ(熱さ防止ダンボール)は記念に持ち帰った。

 

 

 

芸術の都 プラハ

 

城外にストーヴ店があった。冬の寒さが厳しいチェコでは頑丈な鉄鋳物のストーヴが必需品らしい。その店先に様々な金属の装飾品が展示されているが、その中にピカピカ光る真鍮製の巨大なクワガタ虫がある。

皆で「一体、これは何だろう?」となった。

 

店の奥から人の好さそうな老婦人の店主が出てきて説明するには、これは外出から帰ってきた時、泥で汚れた皮革のブーツの踵をクワガタの角の部分に挟んで引っ掛け、一気に脱ぐための靴脱ぎ器だった。

 

これはすごい。初めてそんな道具があると知った。なんでもこのクワガタは19世紀にデンマークの貴族が日用品として愛用していた珍品だそうだ。玄関に置いておけば、いまにも食いつきそうで、用心棒にもなりそうだ。

 

仲間の1人が買おうか買うまいか迷った挙句、一旦外に出てしばらく歩いたが、踵を返して店に戻って結局買ってしまった。愉快な買い物だった。

 

ぶらり歩きをしていて気づいたのは、プラハは骨董品と宝飾品をいっしょに売っている店と、画廊(ギャラリー)が多いことだ。

 

スパイ小説とスパイ映画にプラハはよく登場する。地政学上、東西の接点にあるからだろう。宝石や骨董品を持って逃げてきて、そのまま住みついたり、戦乱や革命で落ちぶれた王侯貴族たちが、生きていくために高価な宝飾類を手離し、糊口を凌いだためだろうか。そうした訳ありの歴史的背景が、この街に深みを与えている。

 

ゴルゴ13がCIAかKGBに依頼され、無反動消音銃でターゲットを素早く消し、コート姿で夜霧の道をスッと消えていく。そんな勝手なイメージが沸いてくる街だ。

 

筆者は普段、絵画やクラシック音楽、骨董品に関心を傾けることは少ないが、それらが大好きな仲間と旅をしているから、当然影響を受ける。

 

2017年にスペイン・フィゲラスでパイプ・ワールドカップ大会があった際、同じこの仲間でバルセロナに立ち寄った。現地のピカソ美術館で多くのピカソの絵画や素描を観て、初めて絵の魅力に引きこまれ、ピカソの絵葉書を大量に買い込んだことがある。実物はとても高価で手が出ないから絵葉書になった。

 

プラハ到着の翌日、そぞろ歩きしていた街角で、気になる画廊を見つけた仲間が店に入ってすぐに1枚のリトグラフを購入した。筆者も壁に飾ってあった小さな油絵(静物画)に惹かれて購入した。1万円もしなかった。チェコ人の作家と思いきや、店の女主人に尋ねたら「アルメニア人の画家です。ここの作品は全部そう」との答えが返ってきた。

 

これは中・東欧諸国の特色だろうが、ロシアの侵略、圧政から逃れたバルト3国やジョージア、アルメニアあたりの人々が移住し、芸術活動に勤しむケースも珍しくないからだろう。

 

宿の近くの大通りで絵画作品を展示しているショーウィンドウを発見。飾ってあったプラハの街並みを描いた来年のカレンダーがとても気になる。店の表示を頼りに、表通りからかなり奥まった路地に面した画廊を探し当てて入った。

 

作者はプラハ生まれの著名な画家で、71歳というから筆者とほぼ同じ。「プラハの春」も「ビロード革命」も実体験している世代だ。プラハの街を撮影した土産用のカレンダーはどこでも売ってはいるが、この画家のカレンダーは限定販売、せいぜい300部くらいか、美しいプラハの街並みが12枚、独特の美しい画風で描かれている。思わず2部購入した。来年はこのカレンダーが書斎を飾るだろう。

 

見回すと画廊の壁面には、彼の作品が所狭しと展示してある。その愛おしさに小さな絵を1つ購入したが、絵に詳しい仲間に言わせれば、「日本人が描く油絵は、どこか日本人っぽい感性がある。やはり油絵は欧州人が描くに限る。この絵も、日本で作品展をやれば、この3倍から5倍の値付けをする。とてもいい買い物をした」と褒められた。いい気分で散歩を続けたら足が疲れた。

 

連日、2万歩程歩いて旧市街のあちこちを散策、見物する。健康には良いだろうが、しまいには歩き疲れたから皆でトラムに乗る。欧州の都市は、トラムが縦横に走っているので、駅を3つも乗れば、宿から名所まですぐだ。プラハでは高齢者はトラムは無料だ。

 

街の中心にチェコが生んだ19世紀の作曲家スメタナを記念したアール・ヌーボー様式の建物、「スメタナホール」がそびえ立つ。1階のカフェで大きなタルトのケーキを2つ食べたら、「もっと食べる?」とウエイトレスの女性があきれて笑っていた。

 

観光客が世界中から絶えないプラハだが、あまりアジア人は見かけない。移民の姿も少ない。移民はEU内でももっと経済力が強い英仏独伊あたりに行くからだろう。通貨もユーロではなく、昔ながらのコルナである。アジア人は経済進出を果たしている韓国人を見かけるが、絶対数が多いわけではないから目立たない。日本人はもっと目立たない。

 

バレエ「白鳥の湖」を鑑賞

 

スメタナホール近くで、プレイガイドを見つけた。観光客向けに毎日のように、クラシックコンサートやバレエ公演があることに気づく。

仲間の1人はクラシックコンサートやバレエ公演に足繁く通う大の愛好家だ。彼の提案で「せっかくの機会だからチェコのクラシックバレエを鑑賞しよう」となった。チケット代は特等席で1人1万円弱とお手頃。

 

フルハウスで500人くらいの小ぶりの劇場で、数か月間のロングランでチャイコフスキーの「白鳥の湖」の公演を続けている。楽団付きではないが、近隣のウクライナなどからも上手なダンサーを集めての公演は、見どころをうまく抜粋して全3幕にまとめたショートヴァージョン。短い幕間で2時間足らず。素人の筆者は目の前でバレエを観たのは初めてだ。

 

以下、公演直後のバレエ通の仲間の感想を記す。

・プロダンサーを20名ほど集めた小規模の臨時編成で、衣装を素早く着替えて何役も踊り分ける器用さとそのプロ根性に脱帽。
・手作り感満載の舞台装置が微笑ましい。演出も優れている。
・白鳥オデットと黒鳥オディールを踊り分ける主役と王子役の情感溢れる踊りと演技が見事。ただ黒鳥の見せ場32回転フェッテは軸がぐらついて失敗。
・4人の女性ダンサーが手を繋ぐ4羽の白鳥の踊りは完璧。
・コール・ド・バレエは12名と通常の半分だが息がピッタリ合っていた。
・田舎の狭い劇場でのバレエ公演を観に行っていた往時の記憶が蘇った。
バレエ通の仲間はとてもご機嫌だった。舞台の間近で気持ちの良くバレエ芸術を鑑賞出来た一夜だった。

 

旧市街の中で普段使いの磁器製品を販売するセンスのいい店を偶然見つけた。たまたま「閉店のため明日からセールス開始」と予告していた。翌日改めて訪ねると銘柄により2割、3割、4割引き。地元のチェコ人が続々と買いに来ていた。買わない手はない。洒落た絵柄の磁器は自分用にしても良いし、お土産にしてもいい。筆者もエスプレッソ用の小さなカップをいくつか買い込んだ。仲間たちもティーセットのカップやスープ皿、巨大マグカップなど色々と買い込んでいた。スーツケースが重くなるなあ。

 

こうして毎日歩き回って見聞を広めているうちに、プラハの楽しい1週間はあっと言う間に過ぎた。

 

続く