パイプの愉しみ方
パイプの煙 「芸術の秋」
秋はいつも唐突にやってくる。今年、東京に秋が訪れたのは8月24日。
日も暮れようとする午後6時半、銀座の小さなスペースに、見慣れた日本パイプスモーカーズクラブの面々が集まった。さらに各々の知り合いにも声を掛けたから30名ほどになろうか。
平野さんと彼の友人で作曲家・高江洲さんの主催で、プロのアコーディオン演奏者ら数名を招いて、「シャンソンとタンゴの古き良き名曲の夕べ」が催された。
言ってみれば「大人の音楽を楽しむ会」第1回の始まりだ。
中華バイキング料理、酒を大いに味わいながら、生演奏が聞けるとあれば、ずいぶん贅沢な会だ。もちろん、パイプ、葉巻も吸い放題。期待にたがわず実に楽しい会であった。
欧州の王族や貴族は昔、モーツァルトを始め宮廷音楽家を宮殿や自宅に招いて生演奏を楽しんだというが、ちょうどそんな気分である。
ステージは本物の檜でできているから、まさに桧舞台。
オープニングは飯田さんのギターで始まった。スペイン叙情あふるる指使いに、会員からは「うーん、芸術の秋だよなあ。」
そうです。もう気分はすっかり秋だ。
さらにおそらくだれもが初めて聞く北欧フィンランドの民族楽器「カンテレ」を演奏していただいたのは高樋(たかとい)さん。弦楽器なのだが、琴やハープを連想したら、わかりやすいだろうか。癒しの音といわれ、その澄んだ弦の響きは、静かな森と湖、フィヨルドの大地から生み出されたものだろう。その音色に一同、シーンと聞き入ってしまった次第である。
そして本日のメインイベント、プロ・アコーディオン演奏者、たつかわようこさんと、日本人では唯一だろうか、ハンガリーと日本を行き来しながら演奏活動を続けているジプシーバイオリニスト・古舘由佳子さんの登場。
若く美しい弟子のカスタネット・ジプシーダンス、トランペットも華を添える。
アコーディオンもバイオリンも移動しながら演奏できる楽器だ。お二方とも、われわれの席を回りながら情緒たっぷりに演奏されたので、いやがうえにも、会場は盛り上がるのである。
「音楽はライブに優るものはないなあ」皆、改めて感じている。
クラシック、シャンソン、タンゴは一民族音楽が普遍化して、誰もが知っている世界音楽に飛躍したものだ。よって、人種を問わずその音色、メロディーに酔いしれることができる。
古舘さんの奏でるサラ・サーテの「ツィゴイネルワイゼン」は誰が聞いても、素晴らしいと感じる。
見事なアコーディオンとバイオリンのデユオによる「枯れ葉」、「パリの空の下」「オー・シャンゼリゼ」となれば、会場はブラボーの拍手と声援のるつぼと化した。パイプの煙にアルコールの香りが、それを加速させる。
30年以上前になろうか。大学時代、池袋の文芸座でみた名画「カサブランカ」や「凱旋門」あたりに登場するナイトクラブで演奏するミュージシャンのモノクロ・シーンにも負けない雰囲気が再現された。
ミュージシャン、楽器、パイプや葉巻の煙、アルコール、それらを満喫する教養溢れる美男美女も揃っていたから、絵になった。銀座もパリも世界一流の街だ。
熱狂的なアンコールは「南米のフランス」を自任するアルゼンチンが生んだタンゴの名曲「ラ・クンパルシータ」で幕を閉じた。「人生の幸福はいい音楽を聴いたとき、いい映画を観たとき、いいお酒を飲んだとき」―70年代にそんなことばかり書きつづった植草甚一の全集が最近、復刊されている。