パイプの愉しみ方

パイプの愉しみ方

鹿児島 喫煙三昧駆け足旅行記

愛煙家Q

 

桜の花が咲き始めたが、まだ朝夕は肌寒い。なんとなく暖かいところでゆっくりパイプ喫煙を急に楽しみたくなった。そこで思い立った旅先が南国鹿児島。数年前にLCCのキャンペーンに乗っかって格安運賃で訪れてから、人々の温かい人情と食べ物の美味しさ、温泉がすっかり気に入り、毎年訪れている。早速、航空便と喫煙ホテル2泊を手配した。

 

4時前に起きて始発便で鹿児島空港着。快晴、鹿児島もまだ朝だ。軽装なので南国とはいえやや肌寒い。空港から路線バスで鹿児島市内のホテルへ。リュックを預けて、まず甲突川の川縁の緑地公園をぷかぷかパイプを喫いながらのんびり散策した。公園の看板には、夜間大音量の自粛などいくつか注意事項が書いてあったが、「禁煙」はどこにもない。鹿児島の方々は、つまらないことをごちゃごちゃ言わないのだ。さすがに維新の英傑をずらりと輩出した土地柄である。

 

満開をやや過ぎた桜を愛でながらパイプを思う存分楽しんだところで空腹を覚え、繁華街の天文館方面に足を向けた。朝飯抜きで来たから当然だ。

 

鹿児島市の素晴らしいところは、中心市街地の商店街に活気がみなぎっていることだ。最近は、どこの地方都市を訪ねてもシャッター商店街ばかりで寂寥感が漂う。活力を感じる地方都市と、シャッター商店街だらけのもの悲しい地方都市の差は一体何だろう?

 

街づくりの専門家ではないのでよく分からないが、ごく単純にいえば人口が減っているかそうでないかの差だろう。その背景には誇れる歴史と伝統に裏打ちされた豊かな文化がある地方都市は人が集まり栄え、そうでない都市は衰亡していくという感じがする。鹿児島が前者であることは言うまでもない。

 

旅行好きの愛煙家の拙い経験から言わせて貰えば、何とかの一つ覚えみたいに公園でもどこでも禁煙禁煙と言っている地方都市は寂れて行っている。煙草におおらかな都市は賑わいがある。人々が郷土の歴史と伝統、文化に自信を持っている地方都市は総じて喫煙におおらかだ。これは断言できる。

 

そんなことをつらつら考えて歩いているうちに鰻の蒲焼の香ばしい匂いがしてきた。鰻の末よし、名店である。開店前から人が並んでいる。奥の椅子席に通され、松竹梅の松の鰻丼を注文した。値段まで紹介するのは品がないのでやめるが東京より遥かに安い。半値に近いとだけ言っておく。しばし待つうちに女店員が松を運んできた。大ぶりの丼に大きな蒲焼、ご飯、蒲焼、ご飯と重層になっていて豪華だ。味は素晴らしいというほかない。タレが絶妙である。

 

私はサクッとした歯応えのある直火の蒲焼が好きだ。関東風の蒸し焼きの蒲焼も美味しいが、どちらか選べと言われたら直火の蒲焼を選ぶ。末よしの鰻蒲焼を食べただけで鹿児島に来た甲斐があると思った。

 

満腹になったところで城山に登る。標高100メートル余り。日頃の運動不足が祟って遊歩道の途中で2回休憩。脚力が衰えていることを自覚した。山頂の展望台から眺める桜島はまさに雄大である。この日は噴煙が見えなかった。ベンチに座ってパイプをおもむろに一服。鹿児島をまた訪ねて良かったとつくづく実感した。

 

 

丸々と太った野良の雉虎猫がいた。人懐っこい。観光客に身体を擦り付けて餌をねだる。いわゆる地域猫と言うのだろう。山頂でどうやって餌を探すのかと思っていたら、お嬢さんがキャットフードをやっていた。幸せな猫だ。

 

気温が上がって25度くらいか。微風あり爽やかである。せっかく訪れた城山。煙草を詰め替えてもう一服。一服分(約3g)の煙草を1時間ほどかけてゆっくり味わうのが美味しい。煙草葉はバージニア。パイプを楽しむ時は何も考えないのが良い。心を空にして景色をただ眺める。いささか高尚に言えば無我の境地。目は開けたままだから瞑想にあらず。シガレット党の諸君はせかせかとニコチン補給目的の喫煙が多いようだが、それでは喫煙の至上の境地は味わえないと思う。生意気発言、ご容赦あれ。

 

陽が少し西に傾き、そろそろ下山。遊歩道の途中で太った茶虎猫が側溝の中を駆け足で登っているのを見かけた。溝が好きなようだ。声を掛けても知らん顔で山頂に向け一目散である。どうやら城山山頂の地域猫に仲間入りしたいようだ。麓まで下ると青々と茂った常緑樹に囲まれながら桜が咲き乱れる。この景色はやはり南国特有のもの。葉が落ちた針葉樹の中で一際燦然と咲きほころぶ関東の桜とは風情がまるで違う。南国では桜の開花時期を巡って東京ほどにはマスコミが騒がないのも宜なるかな。

 

ホテルに着き汗を流して、部屋でまたパイプをしばし一服。
夕刻、前回の鹿児島訪問で3連夜訪ねて顔馴染みになった小料理店へ。いつもの板長お任せコースを頼んだ。焼酎飲み放題だ。昔ながらの無濾過製法の最も芋くさい南之方(みなんかた、薩摩酒造)の一升瓶を開封。飲み方はオンザロックがベストだと思う。芋の芳香が引き立つ。いろんな芋焼酎を試したが、結局のところ南之方に落ち着いた。鹿児島限定販売とのことで、取り寄せない限り鹿児島以外では飲めない。

 

お通しは地元産の野菜料理が数種類。ついで刺身盛り合わせ、煮物、焼き物といったコースである。刺身盛り合わせの中には、高級食材の海鼠と、カワハギの刺身に肝の裏漉し。はるばる東京からの馴染客とあって特別だろう。板長の心配りに感謝。関西の一流割烹で長く板前修行なさったというだけあって洗練されていてすこぶる美味。卓上の脇には大きな灰皿。食後の一服を楽しんだ。

 

翌朝は早起きして列車で開聞岳方面に向かった。鹿児島中央駅から快速列車で二時間足らずで指宿駅に到着。鹿児島交通の乗合バスに乗り換える。バスを待つ時間が小一時間あったので、駅前の足湯でしばし休憩した。定刻通りに発車、乗客は数人。しばらく走ると開聞岳が見えてきた。すぐ近くで見ると拍子抜けするほど低くて小さい山だ。薩摩富士とは誇大表現だろうと思った。似ているのは独立峰で形容が見事な円錐形というだけ。バスから降りて麓辺りまで少し登ってみようかと考えていたが、開聞岳登山は意外に難儀だと知り、あっさり断念した。行き当たりばったりとはこのことだ。

 

バスにそのまま乗って終点に向かう。なんとなくだ。乗客は私だけになった。そのうちにお腹が猛烈に空いてきた。朝ご飯抜き。ネットで食事が出来そうな店を探すが、絵に描いたような僻地でなかなか見つからない。幸いにも伊勢海老料理の店を発見。最寄りのバス停で降りて、しばらく歩いてなんとか辿り着いた。

 

 

宿併設のこの店の伊勢海老料理は絶品だった。かなりの高級店だ。生ビールもたらふく飲んでほろ酔い加減。隣の番所鼻自然公園のベンチでパイプを喫いながら春うららの海岸線からの景観を楽しんだ。ここから海を隔てて眺める開聞岳の姿は雄大で美しかった。海から聳え立っている。薩摩富士の異名の通りだ。眺める場所次第で景色がこれほど違うのかと心底驚いた。

 

そうこうしているうちに、帰りの脚がふと心配になった。枕崎―指宿間は単線で1日に数本しか列車がないローカル線。1本乗り損ねると3−4時間待ちだ。そこでやや早めに水成川駅という、それまで聞いたこともなかった無人駅で上り列車を待った。

 

ところが定刻を過ぎ、待てど暮らせど列車は来ない。不安に思ってJ R九州に電話で問い合わせると、踏切事故があり105分遅れだという。まあ仕方ない。終日運休よりはマシだと思ってのんびり列車を待つことにした。こういう時に役立つのがパイプである。

 

駅に禁煙表示は無い。列車を待つのは私だけ。田園風景が広がる駅界隈に人通りは皆無。静寂というか無音である。たまに遠くで鳥の鳴き声が聞こえる程度。ラタキア葉煙草の缶を開封して二つまみほどパイプに詰め、指タンパーで均してライターで着火。濃厚で芳醇な紫煙が立ち上る。実にうまい。これぞパイプ喫煙の醍醐味であろう。無念無想でじっと待った。

 

90分も待った頃だろうか、枕崎方面の遠くの方から踏切の遮断機の音がかすかに聞こえてきた。なんとか夜までには鹿児島市内に戻れそうだ。パイプの火を消して列車に乗り込む。無事にディーゼル列車に乗れたのは嬉しいが、車両の揺れの凄さに驚いた。J R九州が線路の保線工事を怠っているのではないかと思ったほどだ。

 

途中の無人駅に「日本最南端の駅」という表示があった。西大山駅である。ガラガラだった列車に、突然大勢の客が乗り込んできた。高級カメラと機材を携えているから鉄道ファンの方々であろう。日本人のみにあらず。上品そうな高齢の外国人夫妻が私の隣に座った。

 

 

指宿駅に近ずく。上り列車を待つ時間が長そうなら日帰り温泉でさっと一風呂浴びようかなと考えていたら、指宿駅隣の山川駅でワンマン運転の運転士さんが「この電車は指宿駅止まり。鹿児島中央駅まで急ぐ方は、隣の列車に乗り換えて下さい」と突然アナウンスした。列車の揺れが甚だしかったのは、接続列車に間に合わるために速度を上げたからだと、ハッと気付いた。大幅な遅れを少しでも取り戻して乗客に迷惑をかけまいと努力した運転士さんの心遣いに感謝。乗客が一斉に降りて移動。私も急遽、考えを変えてその流れに加わった。

 

鹿児島中央駅行きのディーゼル列車は、乗り換え客が全員乗るのを見届けてから発車。夕方5時過ぎに終点に着いた。また前日の小料理屋に直行。板長お任せコースと芋焼酎南之方で幸せな気分に。刺身盛り合わせには特別に高価なウニ。板長の心尽くしに感謝。

 

最終日は、霧島と国分に足を伸ばした。また朝飯抜きで霧島市の鰻の名店に直行。天文館の末よしと比べると今一歩と言わざるを得ないが十分に合格点だ。全国津々浦々の鰻蒲焼を食べ歩いたが、鹿児島の鰻は格段に美味くてしかも財布に優しい。産地に近いことが大きいと思う。あえて地名は出さないが、鰻蒲焼を名物郷土料理と謳いながら、実際に食べてみたらガッカリしたことが多かっただけに、実に嬉しかった。

 

満腹になったところで国分海岸に移動。桜島の遠影が映える。遠浅の波静かな海に佇み、ゆっくりパイプ喫煙三昧。煙草葉は優雅な香りと優しい甘さのオリエント。パイプの素晴らしさは、その時の気分と場所によって様々な世界の産地の煙草の味を堪能できることだろう。シガレットではなかなか味わえない贅沢で高雅な嗜好である。

 

 

帰りの飛行機便まで時間の余裕があったので、上野原縄文の森に移動。おおよそ一万年前の国分地方で暮らした我々のご先祖様の縄文人の生き方に想いを馳せた。そして今回の鹿児島旅行の締め括りは、やはり温泉だ。霧島市内には手頃な日帰り温泉が多々ある。温泉にゆっくり入って旅の疲れを癒して、またパイプで一服。毎日喫っているバージニア葉とバーレー葉のブレンドを格段に美味く感じた。

 

鹿児島旅行でいつも感じるのは、人々の品格の高さと親切さ。古き良き日本が息づいている。これまで不快な思いをしたことは一度もない。また近いうちに訪問しようと思う。

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