パイプの愉しみ方

パイプの愉しみ方

続 偽物ダンヒルパイプにご用心 その9補記  パイプの煙道内径あれこれ

日本パイプクラブ連盟副会長 岡山パイプクラブ会長 香山雅美

 

〈承前〉

 

前回の記事で、読者からの質問に対し、ボウルの煙道内径が3mmから3.5mmのパイプが概ね煙草を美味しく喫えると説明した。これはパイプは煙草を喫うための道具と考える実用派としての私個人の知識と経験に基づく見解だ。私のこの考えには精神的要素は入っていない。つまり目隠しテストして同じ煙草を味わう場合、高級パイプだろうと廉価なパイプであろうと、煙道内径が3mmから3.5mmのパイプなら美味しさに大きな差はないという意味だ。

 

注:この記事の煙道とはボウル部の奥であり、目視はしにくい

 

とは言え小遣いを貯めてようやく贖った高級パイプと、ありきたりの安物パイプでは喫煙の精神的満足度がまるで違うのは、人間である以上当然のことだ。高級パイプで喫う煙草は美味しくあって欲しい。美味しくなければならぬ。こう思うのは当たり前だ。もし美味しくなければ、裏切られた気分になる。

 

以前の記事〈連載シリーズ、その5ヨーン・ミッケのパイプ〉で、私は憧れのヨーン・ミッケの超高級パイプをようやく手に入れたが、最初に喫ってみたラタキア系煙草が美味しく感じられなかったので愕然としたことを書いた。高名なハンドメイド作家ものパイプへの信仰がガラガラと崩れ落ちたという経験談だ。気を取り直して岡山の自宅に戻ってバージニア系煙草を試したら、美味しく喫えたことも紹介した。

 

賢明な読者の方は、既に察しがついていると思う。そう、ミッケのパイプはボウルの煙道内径が小さいのだ。特別なコネがあるか、大金持でもない限り容易に入手できるパイプではないので、煙道内径の数字をこの場で明かして良いと思う。私がかつて所有していたミッケのパイプ3本の内径はどれも2.5mmだった。この数字はミッケの他のパイプでも同じと見て良い。プロのパイプ作家は使い慣れた同じ工具をいつも使うので、滅多なことでは内径は変えないからだ。

 

2.5mmの煙道内径はバージニア系の煙草、着香タイプの煙草にはピッタリ向いているが、芳醇で濃厚なラタキア系煙草には合わない。独創的な意匠に優れたミッケが米国をはじめ日本でも高い人気がある一方、欧州諸国であまり人気がないのはそのためだろうと思っている。

 

ではハンドメイド作家としてミッケと双璧をなすシクステン・イヴァルソンのパイプはどうだろうか。私が以前所有していた彼のパイプの内径は3mmだった。パイプの意匠に優れ、ラタキア系の煙草が美味しく味わえるので、欧州で人気が高いのが分かる。イヴァルソンは多作の作家だったから、制作時期によっては異なった内径のパイプを作ったかもしれないが、パイプ作家はパイプの工芸的意匠にはこだわるが、ボウルの内径にはあまり拘らないから3mmが通常だと見て良いだろう。息子のラルス、孫娘のナナについては不勉強で知らない。どなたかご教示頂ければ幸いだ。

 

私が持っているアンネ・ユリエ作のパイプはいずれも3.5mm。人気沸騰で売れ過ぎて生産が追い付かず、工房製作になる前のものだ。ラタキア葉が大好きな私が、アンネ・ユリエを贔屓にしていることがお分かりになるだろう。

 

日本のハンドメイドパイプ作家の方々はどうだろうか。

私が所有している故佐藤純雄氏のパイプは3mm。昨年、岡山パイプクラブ東京本部の会員になって頂いた大井誉四郎氏は3.5mm。新潟の櫻井謙一郎氏は、以前は3mmだったが最近は3.5mm、内藤慧氏も3mmだったのが3.5mmになった。いずれも美味しくラタキア煙草が喫える私好みのパイプだ。ちなみに私は昔から佐藤氏と大井氏と懇意にしており、かなりの数のパイプを所有し、大切に日々喫っている。

 

大井氏は自動車関係の元々エンジニアの方だ。私同様「良いパイプは実際に煙草を喫ってみて美味しいこと」という実用派の方。趣味が嵩じてパイプ作りに打ち込むようになり、柘製作所に乞われて入社。IKEBANA OHIモデルのパイプ作りに励んでいた頃、お弟子さんに内径を3.5mmで作るよう薦めたそうだ。しかし教えに従わず、2.5mmの煙道にする方が多いとか。パイプ作家はそれぞれの判断、考え方をお持ちだから、それはそれで尊重しなければならない。

 

最初にハンドメイド作家のビッグネームを挙げたが、趣味の延長線上でパイプを作っておられるセミプロ級の方々に尋ねると、「ボウルのサイズに応じて煙道は適当に開けているよ」と内径のサイズに無頓着な方が意外に多くて驚いた。高価な専用工作機械を使ってボウルに穴開けせず、ご自分の電動ドリルで穴開けしておられる方が多いからだと思う。文字通りのハンドメイドだ。

 

そんな煙道内径に無頓着パイプ作家の方々でも、結局は無難な2.5mmで穴開けする方が多いようだ。それだとバージニア系や着香系の葉は美味しく喫えるが、ラタキア系、オリエント系の香りが強い葉はウーンということになってしまう。

 

中にはラタキア葉を喫うのには煙道内径2mm が最高だと言い張る作家もいらした。私が「私の経験では3.5mmがラタキアには向いています」と言うと、彼曰く「いや、2mmの細い煙道で強く煙を吸うことでラタキアの強烈な味がズシンと口に届く。だから私は2 mm だ」とのこと。

 

まあ好きにして下さい。私が「ラタキアは3.5mm」というのは、私のような中肉中背の普通の体格の日本人に合っていると思うからだ。人は千差万別。パイプ喫煙は趣味と嗜好の世界。考え方もやり方も自由だ。もともと万人向けの共通のやり方などある筈がないのだから、自分の好きなやり方を会得して、好きにやるのが一番だ。

 

ところで、ダンヒル社以外の多くのパイプメーカーの煙道内径に付いても触れておこう。ただし世界中のパイプメーカーを調べ尽くしたわけではないから誤解のないように願いたい。私が所有しているパイプの製造会社に限ってと言う限定付きの調査だ。

 

結論から先に言うと、煙道内径の大きさは1.5mmから4mmと様々だ。これは敢えて統一した煙道内径の規格を作らず、ボウルサイズに応じて適宜、煙道を開けているからだと思う。煙道の大きさをどうするかは、工場の現場のパイプ職人の勘と判断に委ねられていると見て良い。この方法が決して悪いわけではない。パイプのサイズとブライアー材質に合った煙道の太さを選択できるから、バランスが良いと言える。ただ、購入する側としては、煙道の大きさが事前にわからないから選ぶ際に困るという点はあるが‥‥。

 

さて、初心者のパイプスモーカー向けに、煙道の内径を調べる方法を紹介する。
使うのは金工ドリル。金工ドリルのサイズは0.1mm 単位。パイプ本体のボウルのシャンクのエンド部分から、ドリルの刃でなく反対の部分を差し込めば簡単に測ることができる。予め注意しておくが、決してドリルの刃の部分を入れてはいけない。

 

正確に測りたいなら2mm から0.1mm 単位で順に太くしていけば良いが、そこまでしなくても、まず2.4mm を差し込み、次に3 mm を差し込んで煙道に入らなければ2.5m と判断して、バージニア葉や着香煙草向けのパイプとして使えば良い。

 

蛇足になるが、「香山はラタキア向けに3.5mmの太い内径を推すが、では4mmはどうなんだ」と言うご質問もあるかもしれない。 実験済みだから先回りして回答する。

 

4mmとなると、かなり強く吸わないと火の燃え方が悪くなる。ニコチン補給が目的でセカセカと喫う人には良いだろう。シガレット喫煙に似ている。しかし、ゆったりとパイプを楽しみたい方にはどうか。強く吸えば火種の温度が上がる。すると煙が美味しくなくなる。クールスモーキングにはあまり向いていないと思う。

 

さらに蛇足だが、1.5mmや2mmの煙道内径はどうか。バージニア葉なら問題なかろうし、ロングスモーキングのタイムを競う大会用には適しているかもしれない。今回、この記事を書くついで調べてみたが、最近の世界選手権大会、ワールドカップ、日本選手権大会などの主要大会で使った競技用パイプは、いずれも3mm以上の煙道内径だった。競技用のパイプは量産品で決して高級品ではないが、私の経験では煙草が美味しく喫えるものが多い。メーカーもよく考えている。

終わり