パイプの愉しみ方

パイプの愉しみ方

続 偽ダンヒルパイプにご用心 その12  東欧のダンヒルパイプ鑑定家

日本パイプクラブ連盟副会長 岡山パイプクラブ会長 香山雅美

 

 

昨年秋に急に体調を壊してしまった。大会に出場登録し航空券と宿を予約していたオランダ・オイルスコートでのパイプのワールドカップをドタキャンせざるを得なかった。誠に残念だが、古希を過ぎると人間そんなものだ。「来年の桜の花をまた生きて愛でられるかな‥」とつい物悲しいことを思い描くようになる。

 

担ぎ込まれた病院の先生が、偶然、永年お世話になっている主治医だったことが幸いして、大事に至らず少し入院しただけで無事に退院できた。健康を取り戻すために再びパイプで煙をモクモク。病み上がりのパイプタバコは実に美味いものだ。五臓六腑に活力がみなぎり、脳髄に至福の念が込み上げてくる。生きていて良かったとしみじみ実感した。

 

そんな事情でしばらくこの連載を休んでしまった。愛読者の方には申し訳なく思う。
年が明けて気力体力共にすっかり充実。これもパイプのおかげだろう。

 

東京在住のパイプ仲間の盟友から電話があった。春に首都圏で予定しているパイプ関連の催しの連絡だ。つい雑談に花が咲くうちに、一昨年2024年のポーランド・ポズナンでのワールドカップの時に、東欧のダンヒルパイプ鑑定家と出会ったことに話が飛んだ。

 

 

私が競技前日に大会会場のパイプショウで、日本の有名なハンドメイドパイプ作家O氏のパイプを咥えて、出品者のブースをひやかしていたら、恰幅の良い欧州人のパイプスモーカーから英語で声を掛けられた話だ。以前の記事で、例の「エステート・ダンヒル」に絡めて書いたから覚えておられる読者の方もいらっしゃるだろう。

 

私が喫っていたパイプをちょっと見せて欲しいから始まり、自己紹介もなく「ツゲのイケバナシリーズと見たが、誰の作品なのか?」、「幾らで買ったのか?」と次々に質問が続いた。この方の英語は、おそらくポーランドなのかもしれないと思うが、どこかの東欧の国の訛りがきつくて良く聞き取れない。そこで私は携帯電話を取り出し、中の翻訳アプリを使って英語で会話することにした。多少の手間はかかるが、意思の疎通はうまく行った。

 

その紳士は、私のツゲ・イケバナのO氏モデルパイプをしげしげと眺めて「こんな高価な素晴らしいパイプを喫うなど勿体無いではないか」と宣うから、私が「パイプは喫うためにあるんだよ」と答えると彼は目を丸くした。そこは価値観の違いだから、一応納得したようだが、今度は見せてもらったお返しに彼が自分のコレクションパイプをバッグから出して自慢し始めた。1本の古い大型ダンヒル以外は、どれも超高価な有名作家ものパイプばかりだ。この方はその場に持参したパイプだけで日本円換算で軽く一千万円のお金を出したと分かる。相当なお金持ちなのだろう。

 

この方に見せたイケバナパイプの火が消えてしまっていたので、私が代わりにダンヒルのパイプをポケットから取り出してタバコを詰めて着火すると、今度は「それも見せてくれ」と言う。相手にするのが少し煩わしくなったが、仕方なく手渡すと、じっくり見て「何処で購入したのか?」

 

私が「ダンヒルのロンドンの本店だ」と答えると、「このパイプも喫わずにコレクションすべきパイプだ。これは本来はDRとして販売されるパイプだが、何処かに小さな傷が有ったので、やむなくサンドブラストにして販売した物だ」と勝手に鑑定して下さった。私が普段用に愛用しているダンヒルパイプを高く評価してくださり、素直に嬉しい。一目でそこまで価値を読み取れるというのは、ダンヒルパイプの相当な目利きである表れだ。

 

私もダンヒル愛好家であることは人後に落ちない。これをきっかけにダンヒルパイプ談義になって話が弾んだ。彼曰く「こちらのパイプスモーカーの間でもダンヒル人気は高いが、所得水準を考えると本物のダンヒルは値段が高くてなかなか手が出ない。仲間内でたまに中古のダンヒルを手放す人がいると、譲って欲しい人同士の争奪戦みたいになる。やっぱりダンヒルって良いよね」という趣旨の話だった。

 

私が「ネットで海外から手に入れられないの?」と尋ねると「高いし、どうも偽物が多くてね」と顔をしかめた。どこの国でもネット通販で横行する偽ダンヒルパイプに辟易としている事情が分かった。彼はダンヒルパイプについてはかなりの深い知識の持ち主と見做され、よく真贋鑑定を依頼されると言う。いわば東欧のダンヒルパイプ鑑定家という位置付けなのだろう。

 

すると彼は突然「あなたは日本人だから、当然、日本パイプクラブ連盟のHPの連載記事、偽ダンヒルパイプにご用心、を読んでいるよね。私も翻訳アプリを使って読んでいる。執筆している日本の連盟副会長の女性は素晴らしい!」「この大会にもし出場しているなら彼女をぜひ紹介して欲しい」と言い出した。

 

私は思わず動揺し、言葉に詰まった。
どう答えるべきだろうか?
咄嗟に言葉が出ない。

 

気を取り直して恐る恐る「ヨーロッパでも日本のパイプ関係の記事やブログは読まれているの?」と尋ねると、「Googleの翻訳ソフトを使って読んでいるパイプ仲間が多い。日本の読み物は人気がある」との由。

彼続けて曰く「中でも、偽ダンヒルパイプにご用心の連載記事は面白くてタメになると、仲間内で人気が高いよ」とのことだった。彼が使っている生成AIでは執筆者の「カヤマ マサミ」さんをご婦人としてしっかり認識しているそうだ。

 

 

後日、日本パイプクラブ連盟のHPの編集担当のS博士から聞いた話だが「年間で数百万件のアクセスのうち、海外からのアクセスが1割前後」だそうだ。

 

まさにGoogle翻訳恐るべし。
我々日本人が暗黙のうちに外国人には難解だろうと何となく信じ込んでいた日本語の壁など簡単に取っ払ってしまっていたのだ。

 

昨年10月のオランダ・オイルスコートでのワールドカップ大会では個人戦の優勝者=世界チャンピオン=が初めてご婦人になった。大会に併せて開催された国際パイプクラブ委員会(CIPC)の総会で、CIPC会長に初めてご婦人が選出された。イタリアパイプクラブ連盟会長でもあるジェニー・マグリン女史だ。世界のパイプ界では、女性パワーの伸長が著しいものがある。そういえば日本でも2015年の第42回全日本パイプスモーキング選手権大会で、初めてご婦人の個人戦優勝者=日本チャンピオン=が誕生。以来、ご婦人方の上位入賞者が引きも切らない。日本パイプクラブ連盟の副会長がご婦人でも何の違和感もない。会長でも良いだろう。

 

話しかけて来た彼は自己紹介していない。互いに顔は覚えたが、私は彼の名前を知らないし、彼も私の名前を知らない。熱心なパイプ愛好家同士の行きずりの友誼に満ちた意見交換である。彼の生成AIの間違いを訂正しようにも、いちいち説明が面倒だ。私は彼の勘違いを敢えて訂正しないことにして、そのまま「また会おう」と言って別れた。

 

今後は海外読者のこともしっかり念頭に置いて執筆しようと心に決めた。

 

終わり