パイプの愉しみ方

パイプの愉しみ方

続 偽ダンヒルパイプにご用心 番外編 「一度にパイプ200本入手しました」

日本パイプクラブ連盟副会長 岡山パイプクラブ会長 香山雅美

 

読者の方々がご関心の偽ダンヒルパイプの詳細な鑑定方法については、「パイプよもやま話」で鼎談形式の連載を始めたから、今回は少し脱線して私自身のパイプにまつわる自虐的な武勇伝を番外編として一つ披露したい。呆れて下さっても良い、笑われても構わない。パイプの世界にこんなにハマってしまっている人間がいることを知って頂ければ、パイプスモーカーとして本望だ。

 

それは阪神淡路大震災から2年経過した1997年のことだった。
日本パイプクラブ連盟(PCJ)は最大被災地の神戸市内でロングスモーキングの全日本選手権大会を開催した。復興途上にあった神戸をわざわざ開催地に選んだのは、全国から数百人規模のパイプ愛煙家が神戸に集まれば、宿泊と飲食等で何がしかのお金が落ちるから経済を回すのに役立つだろうという考えからだ。加えて全日本大会と併せて震災復興応援のチャリティ・パイプオークションを催して、売上金全額を義捐金として大地震で被災した方々に渡して応援するためだった。

 

PCJが大会開催に先立ち全国のパイプクラブや喫煙具の会社に「チャリティオークションで阪神淡路大地震の被災者の皆さんを応援しよう」と呼び掛けたら、370本ものパイプとライターなどの喫煙具類、計400点余りが寄せられた。パイプは柘、フカシロ、ダンヒル、サビネリ、スリーB、シャコム、ブッショカン、コモイ、全国や地方の大会記念パイプ等々だ。一目で分かる高級パイプもあれば普及品もあった。新品、未使用のパイプもあれば、かなり愛用したであろう中古品も。愛煙家各自の懐具合に応じて無償で出品して頂いた心のこもった立派なパイプばかりだった。

 

中古のパイプは拠出したパイプ愛煙家の方々がしっかり掃除し磨いて出されていたが、PCJ主催のチャリティーオークションと銘打った以上、落札価格がなるべく高くなるよう、できるだけ良い状態にして出品したい。そこで柘製作所さんに無理を言って、どれもピカピカに磨き上げて貰った。新品同様とまではいかないものの、売り物として恥ずかしくない出来になった。

 

義捐金拠出目的のオークションだから、PCJとしてはなるべく高い値段で売りたい。一方で売れ残りがあっては無償で出して下さった出品者に申し訳ない。そこでパイプの目利き人が、それぞれのパイプに応じて売れそうな売り出し価格を決めた。

 

実は私は、この大会の4ヶ月前に自分の部屋で漏電によるボヤを起こしてしまい、22年かけて蒐集していた大切なパイプを200本以上燃やしてしまっていた。小遣いを貯め、手先の器用さを活かして革製品作りの内職に励んで買ったダンヒルや有名作家ものの高級パイプばかりだ。

 

終わったことだ。悔やんでも仕方がない。自宅のオーディオルーム兼客間に飾っていて火事に見舞われなかった作家ものとダンヒルの計25本と、焼け残りの中から何とか探し出したアンネユリエ1本と他3本があればもう十分だ。それがきっかけで何か憑き物でも落ちたようにパイプ蒐集癖が消えていた。そういう事情だったので、私はオークション自体にはほとんど興味がなかった。

 

ところが、私はこの神戸での全国選手権大会で、なんと個人戦で優勝してしまったのだ! それまで全国大会では概ね上位に入り最高成績は準優勝。地方大会は8回優勝でその最高タイムが143分という実績から強豪扱いされていたが、どうしても全日本チャンピオンにはなれなかった。長年の念願がようやく叶ったわけだ。 

 

パイプからうっすらと煙を出し続けているのは全参加者中、私一人になっていた。火が消えたところで右手を挙げて合図。司会者が時計を確認して優勝タイムを発表。離れて見守っていた競技参加者が一斉に拍手した。審判団のパイプ点検が終わって、司会者が私の優勝を正式に宣言した。

 

私はガッツポーズとかのはしたない真似はせず、泰然自若のフリをしていたが、内心は有頂天になっていた。最高度のハイテンションになってしまっていた。

 

手洗いに立っておもむろに隣のオークション会場を覗くと盛況だったが、オークション自体は既に終わっていた。パイプなどの出品物にそれぞれ荷札を付けてあり、落札したい人は売り出し価格を上回る落札希望価格と氏名、所属クラブ名を書いて最高額を付けた人が落札するというやり方だ。時間の制約があり、出品数が多いからこういう方法にせざるを得ない。

 

ざっと見渡すと喫煙具類は全て落札していたが、パイプは普及品などがまだ半分以上残っていた。考えてみれば当たり前のことで、全国大会に出場するような熱心なパイプスモーカーはパイプを数十本、数百本持っているのが普通で、中には千本以上持っている人もいる。入門者や初心者相手なら高値で売れる普通の良いパイプだが、こうしたベテランスモーカーは食指を動かさない。

 

私は「売れ残りパイプがたくさん出てしまうと、せっかくのPCJの義捐金集めに水が差される」と思った。次の瞬間、「優勝したので、ここにあるパイプ全部を僕が購入します」と大声で言ってしまっていた。チャリティオークションを成功させたいという衝動的な義侠心からだが、異様に高揚した精神状態だからこそ出来る言動でもある。

 

周囲がどよめいたことは覚えている。
「本気かい?」、「大丈夫か?」とかいう声が聞こえてきた。
「武士に二言なし」と言い切って、気分爽快極まりなし。

 

表彰式のあるパーティー会場へ行こうとして、ふと気がついてPCJのオークション担当係の人に「カードは使えますよね」と尋ねたら「悪いけど、クレジットカードは使えません」。

 

ガーン!!!
その言葉で私は一瞬で正気に戻った。「財布の中の現金で足りるはずがない!」。

 

売れ残りのパイプをどうしようかと頭を抱えていたPCJの担当係さんは、私の一声で見事完売とあって喜色満面だ。「香山さん、ありがとう」と感謝して下さり、手分けして黙々とパイプの本数を数え、金額の集計を進めている。

 

パイプを果たして何本買ったのかその時点では分からない。金額の総額も分からない。今更キャンセルなどできるはずがない。男がすたる。岡山パイプクラブ・香山雅美の名前がパイプ仲間の間で末代までの笑い者になる。

 

焦った私は岡山パイプクラブの仲間を懸命に探した。会長の砂山先生が黙って財布から有り金を全部出して下さった。「お調子者の本当にバカな奴だが、せっかく優勝したクラブ員にここで恥をかかせては会長のオレの名折れだ」との親心だろう。先生のお気持ちを思うと今でも涙がこぼれる。

 

集計を終えた担当係さんが私を見つけて、にこやかな顔で金額を告げた。
「全部で198本、合計で○○万円です」。 砂山先生から大枚を借りたこともあるし、なんとか足りるだろうと踏んでいたが、足りない!

 

クラブの仲間の藤原さん、西崎さんからもお金を借りた。「念願の全国大会初優勝だからな」と笑って貸してくれた。本当の友達だとつくづく思った。これでなんとか払えた。

 

大会優勝者なので賞品として高級パイプを5本贈呈された。オークションで198本購入した。合わせて一度に203本を手に入れた。お金が無いのに買ってしまったバカさ加減を含めてギネス級の記録だろうと思う。

 

この時購入した198本のパイプ。震災被災者に少しでも役だったと思えばちょっぴり誇らしい。それに後知恵にはなるが、買ったパイプ全てが売り出し価格だったから、冷静に考えればコストパフォーマンス最高のお買い得だった。

 

パイプ仲間へのちょっとしたお礼に手渡したり、パイプを始めたい方々に「気軽に使ってみて下さい」と差し上げた。私の手元に今も残っているのは1979年のイタリア・ローマでの第4回世界選手権大会の記念パイプ1本だけである。