パイプの愉しみ方

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パイプ よもやま話 鼎談 その3 ホワイトスポット 前編

パイプの騎士・柘恭三郎氏(柘製作所代表取締役会長)
国際パイプクラブアカデミー会員/日本パイプクラブ連盟(PCJ)理事長兼事務局長
/日本パイプスモーカーズクラブ(JPSC)世話人代表・青羽芳裕氏
PCJ副会長/岡山パイプクラブ会長・香山雅美氏

 

香山:
前回はダンヒルパイプの真贋をチェックする際の、分かりやすい最初の着目点である吸口(マウスピース)の材質と仕上げについて解説して頂きました。今回はダンヒルのトレードマークとも言うべき、ホワイトスポットについてお二方に様々な専門的角度から解説をお願いします。
私はこのホワイトスポットも真贋鑑定の大きなポイントになるところだと理解しています。ではまずホワイトスポットについての基本からお願い致します。
柘:
ダンヒルのパイプのホワイトスポットは1930年代から第二次世界大戦前の頃は大きさが1.5ミリ。第二次大戦後は1.8ミリになった。これが大きな特徴だね。ただ、不思議なことに(超小型の携帯パイプの)ベストポケット(Vest Pocket)は今だに1.5ミリだ。これはあまり作っていないけどね。
青羽:
あれは(吸口のエボナイトの表と裏の両方に)ダブルにホワイトスポットを入れている。
香山:
吸口を裏返してもホワイトスポットが見えるようにだろう。極めて珍しい。
柘:
材質はダンヒル社特製の尿素樹脂。これはずっと今でも変わらない。今でもダンヒルのホワイトスポットは特製の尿素樹脂で出来ている。何が特製かというところだが、私は化学の方面は詳しくないし、そもそもダンヒルの企業秘密になるところだからそこは話せない部分だ。

ダンヒルがホワイトスポットに尿素樹脂を採用した1930年代は、アクリルがまだ一般化されていなかった。尿素樹脂とアクリルの違いはじっとよく見ると分かる。同じ白色系樹脂でもアクリルは白色が硬い感じで、尿素樹脂のような温かみがない。尿素樹脂は牛乳の白色に似た温かみがある。これが真贋判定の一つのポイントだ。

ウチ(柘製作所)にはダンヒルから特製のホワイトスポットの原料を支給されていて、修理の依頼があった場合はホワイトスポット用に加工して吸口(マウスピース)に嵌め込んでいる。

ウチは以前はダンヒルパイプの修理は全部断っていたけど、2013年にダンヒルの日本総代理店になってからは修理を引き受けるようになった。それ以前は、ダンヒルパイプの修理は原則はロンドンで行うしか方法がなかった。
香山:
それまではダンヒルパイプをロンドンのダンヒル社に送って修理すると、送ってから受け取るまで半年以上かかることもあった。修理代はホワイトスポットを入れ直すだけで2〜3万円。値上がりするまでのつい最近まで新品のダンヒルパイプが普及品なら5〜6万円で買えたからね。だから柘製作所さんがダンヒルの日本総代理店になって気軽に修理を頼めるようになったから、日本のダンヒルパイプ愛好家はとても喜んだ。
柘:
さてここでダンヒルパイプのホワイトスポットについてのある伝説について触れておきたい。つまり「1930年代のダンヒルのホワイトスポットは象牙製」という話だ。今でも言われているが、果たしてそれが本当かどうかという問題だ。

象牙製だったという話は記録に何も残っていないし、何かの文書で読んだこともない。だから公式には否定される話だ。ただ私個人の見解としては「それはあり得る」とだけしか言えない。というのも日本のバブル景気の頃、ウチでもお客さんから吸口の修理を頼まれた際に「ホワイトスポットは象牙にしてくれ」という依頼があったからだ。1930年代のイギリスはとても景気が良かったから、客から「ホワイトスポットは象牙製で」と注文があれば、応じた可能性がある。

実は、20世紀初めの頃の英国の象牙店の写真を最近になって偶然見つけた。写真には大量の象牙が写っている。いわば象牙は高級品の象徴としてはありふれた素材だったわけだ。象牙は色んな高級品に使われていた。ダンヒルパイプは当時も高級品だから、可能性はあるということだ。それに吸口の修理業者はダンヒルだけではない。そうした業者に「ホワイトスポットは象牙にしてくれ」と依頼があれば、応じていた可能性が高いと思う。だから一般的にはホワイトスポットはダンヒル特製の尿素樹脂だが、象牙が使われていた可能性もあっただろうという考えだ。
香山:
僕は自分の経験からして象牙を使っていたと思う。というのは昔、僕が持っていた古い第二次大戦前のダンヒルパイプのホワイトスポットがポトリと外れて落ちたことがある。象牙は経年変化で微妙に縮むから「やはり象牙を使っていたのだな」と思った。
柘:
ホワイトスポットが取れて外れたということは、おそらく後から象牙を入れたのではないかな。私はそうだと思うよ。
そもそもたった1.5mmのホワイトスポットを取り出して素材が象牙であるかどうかを証明するのは、あまりに検体の量が小さすぎるので不可能に近い。

それと昔のホワイトスポットが象牙製だとパイプ業界が言わなくなったのは例のワシントン条約の関係があると思う。もし、昔のダンヒルパイプのホワイトスポットが象牙製ということなれば、取引が面倒なことになるからだ。EU圏内では象牙が使われている製品は取引できるけど、英国は今、EUから抜けたから英国からEUに持ち出せないことになる。逆も言えるし、EUからロシアや米国には送れないことになる。取引できなくなるから。
司会:
昔の製品もワシントン条約の対象になりますか?
青羽:
なるよ。
柘:
三味線の象牙製の撥(ばち)も外国には持ち出せない。
青羽:
ダンヒルの話ではないが、昔のパイプにはボウルと短い吸口の間にアルバトロス(アホウドリ)の羽根の茎部分がステムとして使われていたものもあった。昔の羽根ペンに使っていたアレだ。海外のオークションに出品されていたから、珍しいと思って落札したが、送る時になってワシントン条約違反になるから送れないと連絡が来た。アルバトロスは条約の対象だからね。
香山:
アルバトロスの羽根の茎は、ある程度太くて、丈夫で長いから昔は羽根ペンによく使われていた。
柘:
帽子にアルバトロスみたいな鳥の羽根を使った珍しいものがあるから披露するよ。

司会:
(帽子の羽根を巡っての雑談が長引いたところで)そろそろダンヒルパイプの話に戻りましょう。
柘:
ダンヒルパイプの魅力は、その美しさだな。特にクラシックシェイプは世界的に見ても秀逸だ。この古いダンヒルを見て欲しい。ウチの職人たちがダンヒルのクラシックパイプを見て感嘆するのはボウルとステムの繋ぎが絶妙で真似ができないというんだな。90度の直角ではなくて微妙に、おそらく角度にして2度か3度くらいの傾きがある。これをダンヒルの職人たちは皆がマスターして手仕事の工業製品に仕上げている。だから、昔のダンヒルパイプはじっとその姿を眺めれば喫煙道具としてのパイプだが、シェイプの美的なおさまりが完璧だよ。それで本物なのかどうか、ピンと来るんだな。
柘:
(陳列品のケースからパイプを1本持ってきて)これは珍しいダンヒルだ。第二次大戦前に作った吸口を大戦後に使っている製品だ。というのもダンヒルのようなパイプメーカーは吸口をまとめて何千本も作っている。そこで大戦後の製品だが、吸口に戦前の在庫がまだ残っているので、それらをそのまま使いましょうというということが起きる。だから戦後のパイプなのにホワイトスポットの大きさは戦前の1.5ミリのままになる。つまりごちゃごちゃになっているわけだ。こうしたことをきちんと理解していないと、軽々しく真贋判定はできない。資料を鵜呑みにしてはならないということだね。
青羽:
実は私も珍しいダンヒルを持ってきた。刻印が二つあるパイプだ。1960年代のパイプで、5と6の二つの刻印がある。

香山:
製造は65年だが、販売は66年という意味だろうね。
青羽:
製造時期と販売時期がズレた製品に刻印を足して行ったものだろう。刻印で入れた5の後ろに6が薄く入っている。肉眼ではよく分からないが、拡大鏡で観れば微かに6の刻印が読み取れる。
柘:
これは珍しい。
青羽:
実は3年分の刻印が入っているパイプもあるんだよね。
(これをきっかけに刻印にまつわる珍しいダンヒルパイプの談義が続いた)

司会:
ダンヒルパイプの刻印の話は改めて皆様にじっくり解説して頂く予定です。今回は軽く触れる程度に止めておきましょう。今回はホワイトスポットをテーマに話を続けて下さい。
柘:
ダンヒルがホワイトスポットを始めたのは、創始者のアルフレッド・ダンヒルが吸い口の上下が分かるようにというアイデアで始めたんだというね。
青羽:
そういうことになっているね。どっちが上か分かるようにと。
香山:
昔の古いダンヒルパイプは吸口の上下をひっくり返しても見事に分からなかったからね。後年になってきたら、上下の違いの形状が分かるようになった。
柘:
パイプ屋を長い間やってきて色んなパイプのマークとか観て来ているけど、ダンヒルのデザインが一番だね。例えばコモイ(COMOY)のパイプはCのマークだけど、あれは穴を開けて白を入れて、また穴を開けて黒を入れてCを作っている。
青羽:
細かいことを言えば、コモイのマークは年代によって違うんですけどね。昔は柘会長のおっしゃる「スリーピースC」と呼ばれる手をかけた象嵌しているけど、後になるとCのマークをそのまま入れている。
柘:
まあ、パイプのマークはメーカーにとって命のようなものだからね。誰が見ても「ああ、これはダンヒルだ」と分かるからね。
香山:
吸口に白い点さえ入っていれば「これはダンヒルだ」という骨董屋もいるよね。ステムにVAUENの刻印があり、明らかに白い点の大きさが違い、色が微妙に違っていても「ダンヒルだ」と言い張る。ホワイトスポットが有名になり過ぎた訳だ。
柘:
ドイツにファウエン(VAUEN)というパイプメーカーがあって、その会社も吸口の同じような場所に白い点がある。その白い点は直径2ミリくらいで、ダンヒルより少し大きいわけだ。ファウエンはその白い点のことを「ホワイトドット」と言っている。「ホワイトスポット」という名前はダンヒルが1920年代から先に使ってカタログに載っている。
香山:
ダンヒルは昔は「ホワイトスポット」という名称でパテントを取っていなかった。ファウエンの何かの資料を読んでいたら白い点について「うちの方が古いんだ」と書いてあった。ダンヒルは1900年代に出てきた新興パイプメーカーだが、ファウエンは1800年代からパイプを作っているからね。
柘:
そうなんだ。パイプのメーカーとしてはダンヒルは新参者で、最後の方に登場した。最後の方に登場したから、ああいうふうにとんがって(高級品ばかりの)パイプ作りをやったと言いたいわけだろう。
青羽:
本当にそうなんだよね。ダンヒルは最後に出てきたパイプメーカーだ。
香山:
ダンヒルは、後発企業であることを逆手にとって当時、他社の価格帯の上を狙ったマーケテイングで勝負に出た。
柘:
20世紀の始めの頃は、大量にパイプが作られていたからね。ダンヒルは大量生産の普及品では勝負しなかった。結果としてそれが正解だったわけだ。
ドイツに昔、オルデンコット(Oldenkott)いうパイプメーカーがあって、最盛期には1日に五万本作っていたというから凄い。「五千本の間違いじゃないか」と思ったくらいだ。五千本でも大したものだけどね。確証は取れないが、大量に作って、大量に売れていたことは確かだ。20世紀の初頭、大量にパイプが売れていた。

スイス国境に近いイタリア北西部のヴァレーゼ(Varese)で第一次大戦後にパイプの産業が起こった。ヴァレーゼにはパイプを製造する機械メーカーがあって、欧州のパイプ製造メーカーは、パイプを作るとなるとどこもそこから機械を買っていた。ウチの機械もそこから買っている。
戦争後とあって、ドイツでパイプが足りない、フランスでも足りないから、ではヴァレーゼで造ろうということになって、パイプ製造の一大産業にまで発展したわけだ。
あまりにもパイプが売れたからヴァレーゼからミラノまで鉄道を敷設して運んだほどだ。今でもその鉄道は残っている。ヴァレーゼには今でもサビネリなど色んなパイプメーカーがあるし、手作りのパイプ作家もたくさんいる。日本で言えば刃物産業で有名な関みたいなものだ。
当時、なぜそんなにパイプ喫煙が盛んだったかと言えば、シガレットの値段が高かったからだ。歌劇カルメンを観れば分かるように、昔は女工さんが煙草工場で手詰めでシガレットを一本一本作っていた。だから高かった。
青羽:
そういえばパイプ産業で有名なフランスのサン・クロード(Saint-Claude)もヴァレーゼと似ている。山岳部の奥地にあるどん詰まりの地域で産業があるところだからね。
柘:
日本で言えば高野山みたいなキリスト教の巡礼地でもあるし、20世紀始めにリヨンと鉄道で結ばれたよね。
前編終わり。次回は後編です。