パイプの愉しみ方

パイプの愉しみ方

ブリュッセルの蚤の市で

この春、懸案のベネルクス三国の美術館めぐりを敢行した。これらの国々の美術品は、日本人好みのものが多い。フランスほど有名ではないが、いわばじわじわと根強い人気があるのは、底流に流れる作品への細やかさと愛情の深さではなかろうか。17世紀、18世紀にかけての庶民の生活を描いた絵画に深い愛着を覚える。オランダのフェルメールなどはその典型といえよう。


旅をしていても楽しいのは、200年、300年前の建築物や用品がそのまま現代でも現役で活躍していることである。米国よりも欧州各国へ足を運ぶことが多いのは、そういったヨーロッパの感性に、私がいつも惹かれるからだろう。ヨーロッパは、いつも私を深い歴史のマントでくるんでくれるようだ。

しかし冬のヨーロッパは天気が悪い。寒い上にいつも厚い雲が垂れ込めている。アムステルダムなどは連日細かい雨が降り続いた。これじゃまるで「雨降ってるダム」だ、と親父ギャグでつぶやいた。

そんな中で楽しみなのは、雨上がりを見計らって各地の街角で催されている骨董市を覗くことだ。アムステルダムやブリュッセルでも多くの広場で蚤の市が開かれていた。

高級な骨董品から二−三十年前のがらくた、古本や衣類、日用雑貨や玩具まで、何に使うのかわからない物や、変なものがいっぱいあった。その店も屋台でテントを張ったものもあれば、車のボンネット、あるいは直接地面にシートを敷いただけで、その上に無造作に品物を並べている所もあり様々である。

アムステルダムの蚤の市。金属製品が多い。小さな仏像やアジア系のものが結構人気があるらしい。

ブリュッセルの蚤の市。ベルギーはビールの国だからだろうか、ビールのレプリカが並んでいた。実によくできていて、ベルギー産ビールのほとんどの銘柄があるようだ。しかし銘柄によって色が違うのはわかるが、値段の違いは何によるのだろう。

隣を覗くと若者向けのアクセサリーの店。店の女の子がかわいいので、「写真とっていい?」と聞くと、「てへへ」と照れていた。


蚤の市を回っているうちに、ちょっと珍しいパイプ掛けを見つけたので写真をとってみた。壁に掛けるために釘穴が2つあり、パイプを差し込むために5−6個の留め金がついている。ボードには装飾模様を彫ってあったり、パイプを讃える言葉が書いてあったりする。その中で面白い言葉があった。

「良いパイプでタバコを吸えば、たちまちアイデアが浮かんで来る」


「パイプは何を与えてくれるかって?それは幸福と楽しみと長生きだね」


「言っておくがね、私のパイプと女房は宝物のようなもので、もう夢中なのさ」


などと書いてある。

店のおじさんの説明によると6個のパイプ掛けにそれぞれ違ったパイプを挿しておいて、毎日取り替えて使うのだそうだ。

「だからパイプとボードのセットでないと売らないんだ」と言っていた。

「おや?それじゃあ、奥さんも毎日取り替えるの?」という質問を思いついたのは、
残念ながら日本に帰ってからのことだった。

それでも、かわいいパイプをいくつか買い求め、帰国後、友人に贈ったら、たいそうな喜びようで、贈り甲斐があるものだ。洋の東西を問わず、パイプ好きの人間は楽しい。

千葉科学大薬学部教授 美学者 大熊治生