パイプの愉しみ方
パイプ余話―ビッグベンのカデット―
実に優雅なフォルムのダブリン型のパネル!
過日、JPSCの節句田さんが、ご友人のどなたかから頂き、とても気に入っているというブライヤーパイプをたまたま見せていただいた。
「とても由緒ありそうな上品なパイプで一目で気に入りました。専門家の眼で見て、何かわかることはありませんか」と鑑定を依頼された。
パイプは、オランダのギュベルス社の作ったビッグベン・ブランドでクラスはカデット。シェイプは、長めのシャンクと長めの吸い口を持った小振りのダブリン型のスクエアーパネル。
シャンクの刻印は”BIGBEN"に"CADET”とシェイプ番号の”1914"。吸い口には5ミリ大の丸にBが空押し刻印(刻印で色が入っていない状態)の後、赤色のラッカーを入れてある。
ボウルは小振りだが、前傾したボウルと長めのシャンクは、ある程度の大きさを持ったエボーションでないとこのパイプはできない。
今、パイプメーカーが作ると、このようなもったいない作り方はしない。
もう少し大きなボウルにして見栄えのする製品に仕上げる。値段の取れる作りにする。今作るとなると、小振りなパイプにしては、原料の原価が高くなってしまう。
パネルのシェイプは作るのに手間がかかる。
パネルのシェイプはエッジが多い分だけ機械加工でボウルの削った後サンドペーパーの仕事の量が多い。また、神経も使う。
4つのパネルの左右、前後の面積バランス、形状バランスを一致させなければならない。機械加工である程度は出来るが、サンドペーパーでの仕上げは、人手を経なければならない。
このパイプはそのあたりの仕事がキッチリと出来ている。
吸い口はオランダ水牛の角を削りだしたもの。
オランダ水牛といってもオランダにいる牛の角から取ったものではない。オランダの植民地であった蘭印(現在のインドネシア)から輸入されたもので、加工をオランダでしていたものを「オランダ水牛の吸い口」と呼んでいる。
吸い口の形状はシャンクからストレイトにリップまできている。
フィッシュテイルではない。
19世紀パイプの吸い口に見られる形状だ。
しかし、煙道の出口は口切(横広に切ってある)がしてある。
19世紀に作られたのであれば出口は丸になっていなければならない。これが口切をしてあるということは、この吸い口の材料は19世紀にある程度作られて、在庫として残っていたものをギベルス社が入手し戦後に加工したと思われる。
口切の面を見ると明らかにビットが厚すぎる。
これは3ミリ程度の丸い煙道の出口があってもおかしくないサイズだ。
このパイプは、世紀をまたいで作られたパイプではないか。
ブライヤーボウルは、第二次世界大戦前にオランダのパイプメーカーが製造したロウボウルといわれる作りかけの半製品だ。
その半製品が在庫として残っていたものだろう。
そのロウボウルと、19世紀に作られた吸い口の半製品を利用して作ったパイプに違いない。
今時、このような仕事は作家パイプの仕事になる。
もし、ファクトリーパイプメーカーが作るとなると、製造コストがかかり小売値段に反映してしまう。
掘り出し物である。
上品な節句田さんにぴったりのパイプです。
柘製作所専務取締役
柘 恭三郎