パイプの愉しみ方

パイプの愉しみ方

パイプ煙草とともに

雅俗院奨煙居士

年金や医療制度問題など、老後の生活不安に直結する話題にこと欠かない昨今、健康で心豊かに暮らせればとの思いは多くの人々の共通の願いだろう。私自身、老後に備え長続きする趣味をもたねばといろいろチャレンジしてみた。単身赴任当時、生活上の必要性から料理に取り組んでみたが、見た目の善し悪しや味わいとは別に、誰も食べてくれない労作を一人わびしく繰り返し食す虚しさに嫌気がさし、筆無精の解消にと始めた流行の絵手紙も早々に非才を自覚した時点で諦めがついた。

こんなことから暇を持て余し、多い月で20日以上を費やした麻雀でも下手の横好きの常道に外れることなく、多くの人々に重宝され、毎月の赤字続きにも関わらず夕刻になると自然に雀荘の方へ足が向いた。この背景には紫煙漂う場所柄、誰はばかることなく存分にパイプ煙草を味わえるという環境が何よりも大きく影響したものと思う。

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世界で、とりわけ先進7カ国中ダントツの喫煙率にある我が国では、他方で世界一の平均寿命を誇るというまか不思議な現象を維持し続けながら、欧米諸国と同様に喫煙による健康被害の有無について様々な議論が交わされ、同時に分煙や禁煙タイムの設置等様々なルール作りが進められている。細かな理屈はともかく、要は他人に迷惑をかけない、他人の意思は限りなく尊重するという気配りと常識さえ持ち合わせていればと思うが、なかなか世の中上手く収まらない。

最近では国際機関のみならず国内の公的機関でさえも声高に喫煙による健康被害を唱え始め、一部ではアングロサクソンばりの反捕鯨活動に匹敵するような過激な嫌煙運動が数多く見られるようになってきた。当連盟のサイトにもいろいろな書き込みが見られるという。愛煙家の一人として決して心穏やかな事象ではない。かといって我々の言い分に理解を示すような相手でもなさそうだ。ということは無視し続けるしかないのか。

いささか品格を疑われる表現になるかもしれないが、世の中3人集まれば文殊の知恵という例えもある一方、3人が長旅するといつしかそのうちの2人だけの距離が縮まり残りの1人が疎外感を味わうようになるらしい。10人集まると1人程度は少々変わった人が交じり、100人の規模になると必ず一部のはみ出しとともに確信的変人が存在することになるらしい。彼我のいずれが変人かはともかく、納得のいかない主張や抗議に対しては当面無視していくしか途がない。しかも抗議することで自らのアイデンティティを求めようとする人々がいるからなおさら質が悪くなることもある。誰が言ったか忘れたが、こんな人々の活動のことを「ゼンギなき戦い」と言うらしい。毎度コウギのみで終始していてはいつになっても決してセイコウすることにはならない、と言うのだそうだ。

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若い頃はパイプを咥えているだけでキザとか生意気と評されはしないか気にしたこともあったが、何より魅力なのは紙巻きや葉巻に比べランニングコストが廉価で、かつ煙草本来のナチュラルな深い味わいを口腔のみでじっくり楽しめることにある。休憩時間にボンヤリと紫煙の行方を眺めているだけで劣化した思考回路に不思議な力が湧いてくる気がする。おそらく精神的な安定が何らかの効用を発揮してくれるのだろうが、健康診断での呼吸器系の現状が非喫煙者に殆ど見劣りしないという結果もあり、今では生涯手放すことのできない嗜好品となってしまった。

齢57を迎えたばかりの昨年夏、30数年間勤めた職場に別れを告げることになった。休日・深夜の電話やファックスで叩き起こされることもなく、様々な緊張から解放されたことに伴い、与えられた千載一遇のチャンスを如何に楽しみつつ意義深く過ごせるか思案した。家でゴロゴロするわけにも行かず、結局のところ藤村の夜明け前の舞台ともなった馬籠見物を兼ね、五街道の一つ、旧中山道(日本橋から京都三条大橋までの69宿、約540km)を自転車で旅することに決めた。もとより体力作りなど何ら事前準備していた訳でもなく、7年前に購入した1万円のママチャリにガイドブックと雨具、パンク修理キット、それにパイプ煙草を主要装備とする、いわばにわか仕立ての出で立ちである。

安中から信州・木曽路にかけて、碓氷、和田、笠取、馬籠などの標高差7〜800mの峠越えに加え、昔、民放女子アナが「1日中やまみち」と誤読したそのままの険しいルートも多く、一定区間毎に一服できる目標地を定めながら押したり抱え上げたりの難行の旅であったが、天候に恵まれたこともあって何とか目論見通り10日で完走することが出来た。

人里離れた山中で、青い空と緑の木々に抱かれ、誰はばかることなくくゆらせるパイプの味は例えようのない至福の時間と体力回復のチャンスを与えてくれた。無事で元気に生かされていることへの感謝の気持ちが自然と湧いてくる。既に体内磁石の劣化が進行していたのか、道中何度か道に迷い、結果として100kmほどロスしたが、何よりもありがたかったのがパイプを一服することで冷静な判断力と撤退する勇気を取り戻せたことである。

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今年は岡山で、その次は水戸での全日本パイプスモーキング選手権大会が予定されている。加えて来年秋にはポルトガル・リスボン近郊の小都市で開催される4年に一度の世界大会も控えている。是非、一つ残らず参戦してみたいものだ。その前に残る四街道の何れかにチャレンジし、再度、至福のひとときを味わってみたいとも願っているが、果たしてそんなに多くの休暇が取れるほどの身分でなく、世間も決して甘くはないし……。

まずは自らの生活基盤を安定させることが先決。一服して仕事のヒントを探そう。