パイプの愉しみ方
「50にして煙を知る」 第23回 パイプとリンゴ
最近聞いた、とても素敵な話を紹介する。
親しいパイプ仲間に、ずいぶん前に定年退職し、先ごろ亡くなった会社の先輩の家族から連絡があった。
「これは私たちも門外漢だから、あなたに引き取ってほしい」と渡されたものは、故人が愛用していた数十本のパイプであった。
職業柄、外国に行く機会も多かった故人のそれらは、おおかたロンドンや香港で買い求めたであろうダンヒルばかりで、見事に使い込んだ(吸い込んだ?)逸品がずらり。
香港がイギリスから中国に返還されてすでに13年。英領ではなくなった香港には、もうこの種の骨董品がゴロゴロあるとも思えないから貴重だ。
譲られた仲間は大型パイプ愛用者で、「小さいものは自分で使うより、あんたが吸ってあげれば、先輩も喜ぶ」と、もう1人の仲間に気前よく分けてあげたそうで、その数約20本。
1本1本買い求めるのも楽しみだろうが、こんな風に、想定外の出来事でドカっと逸品が譲られ、後輩らに継承される美談は素晴らしい。モノは使われてこそ意味がある。
初心者の私にすれば、これだけダンヒルがずらっと並んでいるのを見るだけでも、圧巻だ。
別の仲間が教えてくれたが、ダンヒルもパイプはもう子会社で製造する時代になった。
そうなるとこれらのパイプは、アナログレコードのように、新たなものは出てこないが、これまで長い間、製造された文化の蓄積物として、その価値が上がることはあっても、減じることはない。
アナログレコード全盛の60年代を駆け抜けたイギリスのビッグ・アーチストといえばザ・ビートルズだ。
去年秋、彼らの全アルバム・全曲CDが22年ぶりにリマスター再発売され、世界中で記録的な売り上げとなったことは記憶に新しい。
私もこのリマスター盤を買い求めたファンの1人だが、暮れになって、それがUSBメモリーになり、世界限定3万本で発売された。
「限定といっても、売れれば、また増産するんだろうが、、」と思いつつも、ファンやコレクターには気になる。
小さなUSBメモリーに60年代のスーパースター、ビートルズの全曲が入ってしまうという21世紀のテクノロジーとの対比が、また心をくすぐる。
彼らは解散2年前に「アップル」という自前の会社を設立し、「THE BEATLES(White Album)、「LET IT BE」、「ABBEY ROAD」といったアルバム、 「HEY JUDE」以降のシングル盤には、リンゴのデザインがあしらわれているのはお馴染みだ。
このUSBメモリーも、スチールのリンゴに「BEATLES」とロゴが刻まれ、リンゴのてっぺんにあるヘタの部分を抜くと、USB端子になっているという、まことに憎い造りである。
買おうか買うまいか、と迷っていたが、ダンヒルの話を聞いて、衝動的に買ってしまった。「そのパイプよりずっと安いじゃないか」。
マニアに言わせれば「CDの音はなにかギュっと凝縮されて窮屈だが、USBのサウンドはフワーっとしていて解放感がある」って、ほんとかな。
7つの海を支配した大英帝国の生んだ傑作は、時代を越え、国境を越えて愛される。
「英語を勉強するとイギリス人の思考になれるから楽しい」とは語学の達人の言葉。
私はその域にも達しないから、煙と名曲でイギリスを楽しむ。