パイプの愉しみ方

パイプの愉しみ方

天地玄妙

丹波 作造

一点着火旋転下降、ロングスモーキングの骨法はこれに尽きる、と語るのは泣く子も黙る関東煙管連合の面倒見某氏である。会場の気温、湿度、室内気流そして星座の運行によって、火点を右に廻すか或いは左転するかは玄妙の極み、とても凡人に窺い知ることはできない。タンパーも折れよと突き固めるその瞬間に、呼気の強弱に合わせて微妙な気を付与するらしい。ボウルを捧げ持って透かし見るその姿に、この人は煙草の燃焼点がCTスキャンのように3次元的に見えるのかと、肌に粟を生ずる想いを懐くのは吾人だけではあるまい。

零式戦闘機の神様と言われたパイロットが、馬力に勝るヘルキャットを従えて上昇し頂点で繰り出す必殺技旋回捻り込みの操縦桿捌きにも通ずる至芸を、和気藹々のコンテスト会場で目の当たりにするのはスモーカー冥利につきると言わねばならない。

玄妙の技といえば思い浮かぶのは蕎麦打ちである。一本の樫の丸棒を駆使して、生地の空気抜き、填圧、四角形に整える角出しまで行う。煙草のタンピングとて、単なる加圧で満足していては達人の域には程遠い。スモーキングの合間に、予備校廻しの指技、ポケットに収めた筈がパイプのボウルからせり上がる移動技、一瞬の手捌きで花束に変ずる変身技等のエンターテインメントの要素を加えてこそ名人の名に相応しい。

天地の運行に関しては、地球の自転に伴う見かけ上の力、コリオリ効果も煙草の火の移動に関係するのかどうかは検証する必要があろう。効果は緯度によってその程度が異なる。10月にポルトガルで行われる今度の世界選手権では、低緯度に対する周到な準備が好成績に繋がる可能性も否定出来ないかもしれない。

コンテスト使用タンパー(細身の物は1976年世界大会)およびタンパー寸法原器

[編集部注:文中に登場する組織・役職名はフィクションです]