パイプの愉しみ方

パイプの愉しみ方

天地有情

丹波 作造

中学当時転校を繰り返したが、校歌を覚えるのに苦労した覚えがない。「むらさきたなびく...野」のような流れで、所在地の古称を入れれば出だしは用が足りる。あとは若人集いて志を抱けば一丁上がりである。それよりも劈頭のむらさきとは何を表すのかがずっと気に懸かっていた。校舎にたなびく煙草の紫煙であれば、自由な校風が偲ばれる。弥陀三尊来迎の紫雲であれば、傍らに葬儀場でも在れば納得できる。

日本全国の校歌の作詞者で最も多作と思われるのは、旧制第二高等学校教授で詩人として知られる土井晩翠である。更に直接、間接にその影響を受けた後の校歌も夥しい数になると思われる。その処女詩集「天地有情」には、紫、むらさきが暫々現れ(青空文庫 http://www.aozora.gr.jp/cards/001081/files/42233_38066.htmlによれば7回)、払暁の空の色を表すことが多い。したがって、全国の校歌に頻出するむらさきは、一日の朝、そして若人たちの人生の朝を意味すると考えるのが妥当であろう。

曙の紫こむらさき
澄みてきらめく明星の
光微かに眠るとき
覺むる朝日を待ちわびつ
やがて焔の羽添へて
中ぞら高くのぼし行く

土井晩翠「天地有情」より、雲の歌(部分)

ともに晩翠が校歌を作詞した旧制二高(手前)および宮城師範(奥)

スモーキングの最中にパイプから立ち上る煙は、燃焼する煙草の情報を喫煙者へ伝えている。新しい煙草の葉が燃焼に入って行く場合は水蒸気の混じった薄紫の煙が立ち昇り、煙草が消炭状態になって彩りを失い無彩色の煙に変ずる。煙草燃焼の青春時代も紫で表象されるのは奇縁といわねばならない。スモーキングコンテストに臨む際に、他者に煙色を悟られないように薄い色の上着を着用し、自身の煙を見やすくするため黒い服の隣に席を占めるのが定法であるとの主張にも一理あるといえよう。