パイプの愉しみ方

パイプの愉しみ方

天地開闢

丹波 作造

葦の茎等の管を埋めた地面の窪みに、煙草を盛り上げて吸入するアーススモーキングは原初の喫煙法である。山火事の煙草自生地において深呼吸したであろう人類最初の喫煙から、火、道具の使用という知能の発現に至るまでに何百年、何千年を要したのか知る術はないが、此後タンパーの使用等の偉大なステップアップを経て、喫煙文化を享受する今日に至った。


Earth-smokerの図 (Alfred Dunhill ”The Pipe Book" 1969 より)

外科開腹手術のあと、腹腔内の滲出物を外へ出すために脇腹にドレナージ管を埋設する。この処置の外観が、件のアースパイプを彷彿する。喫煙行為の発生に係わるアーススモーキングの技法が、最新の医療技術にも影を落としているのを見て、禁煙を強いられる入院患者としてどれほど慰められたか知れない。ただその貯液袋に”ダグラス窩”と標記してあったのには驚愕した。この用語は女性特有の腹膜突起の呼称であって、自分のこれまでの人生が逆転する事態と言える。解剖学の心得がある見舞客に見付かったら嘲笑されること必定である。担当医師に抗議しても、相等位置ですよと取り合ってくれない。病棟内を移動するたびに、人目に触れぬようスタンドの向きを気遣って、体力と気力を大いに消耗した。

手術創の治療方法にも瞠目した。従前の消毒後減菌ガーゼで乾燥させ瘡蓋を形成させるのはもう流行らないというのである。傷口は水道水で洗うのみ、あとは乾かないようにラップで覆っておけばよい。それが一番早く治る方法で、消毒や乾燥はむしろ治癒を遅らせるのである。傷口から滲み出してくる種々の細胞生成因子が傷を再建するのを邪魔しないことが重要である。この治療法が認められるまでには、学会の旧権威の頑強な反対があり、地動説が世に容れられるまでのような壮大なドラマが演じられた[詳しくは 夏井睦 「傷はぜったい消毒するな」 光文社新書などを参照]。

翻ってパイプスモーキングを考えると、タイムを伸ばすにはタンピングが重要などという旧来の常識も疑ってみてはどうであろうか。燃焼している火を無理やり押し付けるのが自然であると言える筈がない。パイプとタバコによる燃焼システムという自律系を、温かい目と息で見守り育むことこそ真のナチュラルスモーキングではないのか。その時、タンパーはどういう役割を果たすのかが問題である。まだ研究段階なので断言はできないが、「真の強者は戦わずして勝つ」という孫子の教えが参考になるかも知れない。生涯その剣を鞘走らせなかった剣豪のごとく、コンテスト優勝のその瞬間、灰皿には一点の汚れもないタンパーが横たわっている。インタビューに答えて曰く、

「煙草がタンピングを求めませんでした。タンパーは火を押さえるものではなく、自らを抑えるものです。」