キセルの愉しみ方

キセル・シガ−の愉しみ方

「キセルが持つ魅力」北井秀昌  〜京都座談会〜

司会者: 家業としてキセルまで広がりをみせたきっかけはなんだったんでしょうか?

岸田: 昨日も来ていた広島の子がいるんですけど、キセルで小粋を吸わせてみたら、感動するんです。ちょうどお休みで帰られるときに、友達にキセルと小粋とのセットを組んで持って帰りました。キセルで刻みタバコを吸ったことがないんですよ。

司会者: 北井さんはキセルと全く縁のない方と触れられていて、そういう方の反応は最初はどういった感じでしたか?

北井: こちら側が勧めているものですから、最初は社交辞令も含めて、美味しいと言って下さいます。ですが最初は皆さんびっくりなさっています。時代劇などの道具としてキセルを見たことがある人は多くても、吸おうなんていうことを考えたことはなかったと思うし、今現在も吸ってる人がいるということすら全く頭になかったと思うんですよ。全く頭になかったことを体験して、それが実は自分の口にも合うということを分かったことにまず驚いてくれる。そこから先、続いていくかどうかは別ですが、一度体験するかどうかは大きな差だと思います。

黒崎: 北井さんは最初は和服で少しおしゃれしてみようっていうところからキセルに入られたんですか?

北井: そうです。まず道具が好きだったのです。天神様が近くにあったので、キセルが一杯出ていました。これはどうやって吸うのだろうと疑問に思いましたが、小粋の存在を知らなかったのです。そこでシガレットをまずほぐして、中身を詰めて吸っていたのですが、よくわからないなぁと思っていたんです。

でも小粋を知って吸ってみたら、最初は煙が入り過ぎてキツいと思いました。これはおかしい、昔の人が特別肺が強い訳ではなかろうと思い、それで色々と調べていくうちにキセルにはキセルの吸い方があり、一般の紙巻タバコと同じように吸ってはいけないことが分かって、それでようやくキセルの美味さが分かってきたんです。

黒崎: 誰か教えてくれた人がいたのですか?

北井: タバコ屋さんだったと思います。肺には入れず吹かしなさいと言われて、それで吹かしていたんですが、いま一つ物足りないわけです。それだと格好だけではないですか。そこで自分なりに肺に入れる方法を工夫して、鼻から吸って、それを混ぜながら喉に引っ掛ける程度で出してみました。そうやっていくうちに吸い方を覚えてきた感じです。分かってみると皆に教えたくなるのが人情です。キセルで煙草を一服吸う姿ってとても格好が良くて分かりやすいので、色んな人が興味を持って質問するんですよ。

僕らの世代っていうのは着物などの日本文化って、あまり馴染みが無いのです。しかし、皆、気がついていないだけで、日本文化には周回遅れではありますが、憧れがあります。男の子は道具が大好きで、やがて凝っていく。

司会者: 日本には道具に凝るっていう特性がありますよね。

黒崎: 道具がカッコいい男の子がいると、女の子も付いてきますよね。

北井: そういう不純な動機でも結構です。格好良さ。そこが大事だと思うのですよ。

司会者: ところでキセルにお香をまぶすっていうのは若い人の発想ですか?

岸田: 言ってしまえば、煙草が小粋だけだと一つの味しかないでしょう?それはそれで仕方がないけど、やっぱり変化や種類が欲しいっていうことは誰でも思っています。うちではときどき手巻きタバコをほぐしてスパイス的に混ぜています。年配の方の中には、小粋と混ぜながら吸っている人が多いです。

北井: アパラギっていうのを紹介して頂いて、ミホプロジェクトで琵琶のイベントがあった時に、浅草の演奏家の方がいらっしゃってて、その方とキセルの話で盛り上がったんです。その方もかなり粋な方で、その方からもお香を混ぜるという吸い方を教えてもらったんです。

黒崎: 若い人はどういう感じでキセルを受け入れて、どういう感じで広がっていきますか?

北井: シガレットに対する迫害は酷いですね。煙たいと言われますし、そこを攻撃されている一面があります。そのデメリットがキセルにはない。だから堂堂と吸える。臭いは残らないし、吸いガラは出ないし、少しずつしか吸わないから経済的です。今までシガレットで肩身狭く吸っていた人が堂々と吸えるから、喜んで吸い始める。

岸田: でも若い人は昔、キセルを日常吸っていた曽祖父の時代から二世代飛んでいます。私の世代が、昔、祖父が吸っていたのを見ていた世代です。でも物の力っていうか、本当に良い物っていうのは世代間を飛び越えて伝わるんですよ。私はそれがものすごく面白いと思っています。だから説明はいらない。理由じゃなく、物が直接あなたに語りかけますみたいなものです。

黒崎: かつて日本の人口が三千万人くらいしかいないころ、一千万人がキセルを吸っていたって言います。

岸田: 私が持っている骨董の中で、「さっぽろびいる」って名前が刻んであるキセルがあります。その昔、サッポロビールが飲み屋の女給さんたちのために景品として作ったものだと思います。おそらくその頃の普及率の証ですよね。

司会者: 末端まで普及していたんでしょうね。全国にキセルの職人が一杯いたのでしょうね。一千万人吸っていた訳だから、少なくともキセルが一千万個必要ですよね。戦国時代末期に煙草が日本に入ってから、江戸時代は時々迫害されていたでしょうが、人口のある割合を越えたら一気に普及してしまった。

黒崎: それがお茶と繋がったり、一服するとか一息入れるとか、ちょっと一休みするっていう精神的なものも兼ねて、ちょっと間を取るという、日本文化の核心に入っていったんですよね。

北井: さらに、もてなす気持ちっていう、お客さんがいらしたらとりあえず座布団とお茶と煙草盆も持って行く。丁稚さんは番頭さんに付いていくと、そこでは、いつもタバコが吸い放題だから喜んで越後屋さんに連れて行ってもらったという話を聞いた覚えがあります。

黒崎: そういうことも含めて、取り戻していかねばならない文化や習慣があって、戦争に負けた混乱で日本に乱流が起きましたが、今はちょっと一休みする時代なんじゃないかと思うんですね。

司会者: 今の若い方は戦後四世代目の世代で、昔の日本の良質なところを見定めて、良いものは復活させようという流れが強まっていると思うんです。戦後直ぐの世代は戦前の悪いところばかりを見てダメだった。二世代目はその流れを受け継いだ。三世代目はどうか、良いものは良いじゃないかという発想になってきた。四代目はその流れがさらにはっきりしてきた。

岸田: 今は自由に海外に行ける時代です。外国で日本の文化を自慢したい時に、日本人でいながら日本の文化を何も知らないと、ハッと気付いて、凄く恥ずかしくなってしまう。

黒崎: どちらかって言うとそれまでは何となく日本が嫌いだったのにね(笑)。

岸田: そうなのです。気がつくと日本にはこんなに素敵なものが一杯ある。自分が知らないだけだった。そのことに改めて気付くとかなりショックを受けます。

司会者: 22日に即興で落語とキセルをやってみたんです(笑)。

黒崎: その後にハードシガーとラムを合わせたレゲエもやったんですよ。

司会者: 去年の11月からちょこちょことやっていたんですけれども、葉巻やパイプをやったりしていて、今回、若い人たちに感想を聞いたら一番面白かったって言ってもらえました。

岸田: 北井さんの結婚式でも途中からチンドン屋さんが入ってきたりして面白かったですよ。

司会者: 今、京都でイベントをどのくらいの頻度でやっておられますか?

北井: ニ、三ヶ月に一回です。一緒にやろうって声がかかったときだけです。

岸田: でもやっぱり仕掛人が必要です。出し物が一つだけでやったときには、あまり盛り上がらない。

黒崎: ミホプロジェクトもそうだし、やっぱり繋がっているんですね。例えば古民家再生とか古典芸能をやっている若者たちとかが全部繋がってくる。ただ伝承して真面目にやっているだけではダメで、新しいものも付け加えて、越えていかないとダメですよね。

北井: そうですね。遊ばないとダメですね。

司会者: 単にキセルをどうこうっていう話ではない。我々が脈々と持っている伝承されてきたものが何だったんだろうかということを肌で感じて、それで話をしていく中で見出すのがキセルという物の位置づけなんですよね。若い人たちが分かり出したっていうのはようやく分かり始めた証拠かなと思うんです。

黒崎: 煙草はいけないって言われていることに反骨精神を持つようになってきた。

岸田: 昔からあるちょっと危ないものに手を出すっていうところも面白いですよね。

黒崎: 健康志向で煙草を白眼視する風潮が強い今の時代だからこそ、かえってやりがいがあります。

北井: そうなんです。だからブログでもタバコが好きだとはっきりと言ってやろうかなと思っているのです。キセルは、タバコ嫌いの人が言っているデメリットがない、そこまで嫌うなよということを説得出来る自信があるから、敢えてはっきりと言おうかなと思っています。

黒崎: 敗戦の行き過ぎた反応で日本の文化全体が軽率に否定されてしまって、西洋文化一辺倒に走ってしまい、西洋以上のところまで来てしまったから、ふざけるなと言えちゃう。

北井: だから、元からこういうやり方でやらなきゃいけないということは退いて茶化して、それが面白かったらまた次に持ち込む……

黒崎: 若い人たちは、やっぱりそういう動きがありますか?

北井: あります。やっぱりやってみると反応があります。

司会者: お針箱のウケってどうですか? 結構若い方が多いですか?

北井::結構年代は幅広いです。年配の方は確かに多いですけれども、さっきの話と同じで、若い人が「新しい」と言って見に来てくれるし、うちは古典的な髪飾りを作ったりしていますからね。

例えば、娘さんが七五三っていうときに、やっぱり日本髪にして昔ながらの髪飾りをつけてやりたいっていうお母さんが多いのです。普段はおしゃれな洋服を着てても、七五三のときはそういうものです。何十年経っても変わらない美しさじゃないですか。洋服は五年とかでサイクルが来てしまうけれども。

司会者: 日常的に身に付けられるものとしての視点もありますよね。古いものではなくて、せっかくだから日常的に使ってみようかなっていう部分があります。お針箱の中で色んなものがあると思うんですけれども、そういう視点でどんどん変化していくものってありますか?

北井: うちは一回出したら定番として出すものが多いですが、iPodケースはやっぱり新しいものです。

司会者: キセル入れはどうですか?

岸田: 私が今、必死で作っています(笑)。

柘製作所さんなどに高価なキセルがあります。でもそれが来るときは剥き出しの裸なんですよ。お客さんに売るときにこれは恥ずかしいと思って、持っている生地でなんとか自分でも納得のいく袋が作れるようになって、それを必ず付けて渡すようにしています。

黒崎: 物や道具は、コミュニティーの場所がないとダメですね。それらが総合的になって文化っていうものが生まれてきますから。物や道具のつながりでコミュニティーが出来る。最近はインターネットの情報網が出来て、力を持ってきている。リアルな情報を伝えるものですね。

北井: ウェブはすごい盛り上がりですよ。ミクシーの方でもキセルのコミュニティーっていうのがあるんですけれども、そこでの皆さんの情報がすごいです。本当に研究しているし、昔のことも勉強しているし、一番今やりやすい掃除の方法とかも議論として盛り上がっているんですよ。

黒崎: それでポータルサイトを我々が作って、そういうコミュニティーの場を支えていくようなことをしていこうと思っています。

北井: 期待しています。上の方では動きがありますね。守っていこう。頑張っている動きがあります。

黒崎: デザイン振興会でも工芸や民芸の方に行っていますね。

司会者: 我々もウェブを頑張ってやろうと思っているんですけれども、そういうのを全部そこに集約出来たらいいなって思っています。
岸田: でもね、商材として見たときに小粋とキセルがあるけど、あとは何もないんです。キセルを扱ってかれこれ10年位になるかな。キセルがどんなに素晴らしいものか、どうしてこれが日本で出来るのかっていうことを聞いたときに、「あーそうなんだ」と納得して、それからずっと打ち込んでいます。そうこうするうちに煙草盆が欲しくなり、あちらこちら探し回りました。だけど骨董でしょ。本当に良いものは恐ろしく値段が高い。探すのが面倒になって、この近くの漆器屋さんでオーダーメイドで作ってもらったのです。でも高くついて、あまり売れませんけどね(笑)。

オーダーメイドの煙草盆は、国産にこだわり、松材の溜塗りで、取っ手と引き出しがついた基本的なものです。でも昔の煙草盆みたいに必ず火入れと灰吹きがあるっていう感覚ではなくて、自分の煙草グッズをそこにワンセットくっつけて持って歩くっていう感覚が良いと思って作りました。でも結局国産だと高いものになりました。

司会者: キセルと小粋があれば、それで良いのじゃないですか。実はラウ(羅宇)もそうですよね。

黒崎: ラウの材料の良い竹自体がもう余りないと聞きます。

北井: JTのコラムの中でラウ特集があったのです。そこで岡山の筆軸屋さんが、筆軸を未だに河川敷に敷き詰めて乾かして作るというのを紹介していました。私の知る限りでは、その業者さんが唯一かな。その中からラウに適しているやつを選り出して、全国のキセル業者さんに出荷しているっていう記事がありました。

岸田: 新潟の飯塚さんのところは中国からも輸入しているよね。中国からは信夫竹です。でも元々は箱根の矢竹ですよね。

司会者: 地産地消みたいなものじゃないですか。そういう感じで広がりを持って色んな人と連携協力していくっていうことをやって、一つの産業みたいなイメージですかね。

黒崎: ウェブで、そういう状況をうまく情報を流して組み合わせて、きちんとやっていくことが必要です。それが無いと全部消えて無くなってしまう。私は「粋」というキーワードで推していこうかと。文化の一つで「粋」っていうものを切り口にするから粋人会なのです。

岸田: 入れ物一つにしても、桐の小箱なのですが、こういう嬉しさっていうのはね、京都にしかないですね。私は「雅さ」っていう要素が粋には入ってきて欲しいんですよね。

北井: 小粋入れを古い友禅の生地で作ったりしたら、女性はやっぱり何かを入れたくなる。

岸田: ここに色んな種類があって、卵の形でギザギザになってスライドするようなのがあります。

黒崎: 製品として、少しやってみましょうか。一、二回集めればなんとか出来ないことはないじゃないですか。

司会者: 粋人会議で色々なお声を頂いて、こんなものがあったら良いよねとか言っていたものも少しずつ入ってくると思うんですけれどね。

黒崎: 道具っていうものから惹かれていくところがありますよね。

北井: 刻み煙草を、もう一銘柄新しく作ったりとか出来ないんでしょうか?

黒崎: そのブランドが「粋と野暮」(笑)。
そうするとエレガントな粋っていうお嬢様が出てくるんじゃないかと。
でも小粋は女の子か。

北井: でも小粋って言うのってちょっと恥ずかしいですよね。粋っていうものは自分で言うものではない。人から言われるものだから。例えば女の子が持ち運びしやすいような山吹、桔梗とかあったじゃないですか。あれは美しいなと思ったんですよね。

岸田: 桔梗は美しいけど、山吹は外国産っていう中身のイメージが……。

司会者: 北井さんのまさに粋とは自分で言うものではないとおっしゃったのはさすがと思いました。ご自身の粋のスタイルというか、こんなものが粋じゃないかっていうのはありますか?

北井: それを今、話し出すと大変ですよ(笑)。

黒崎: 確かに迷ったのです。もし『いき』なんて雑誌を出したら京都に関しても、江戸に関しても恥ずかしいかなって思ったんです。

北井: でもその中身が粋ばっかりを言わずに、形として示せたらそこまで野暮なことにはならないとは思います。

岸田: 確かにそうですね。雅だってそうですよね。実際に言うのは恥ずかしい(笑)。

黒崎: 恥ずかしいんですよ! でも言わなきゃ分かんない。

司会者: そこはかとなく感じてもらうと良いですね。

黒崎: 色々とやっていて全体で知ってもらえるようになった方が良いしね。

北井: なんか物事が合理的になり過ぎていますよね。シガレットもそうで合理化の極地だと思うんですけれども、キセルは面倒臭いところに面白さがある。

司会者: 曖昧さっていうのは日本人特有のものだろうと思うのです。黒白つけない。

岸田: 皆、なんでも黒白付けたがるんですよね。煙草吸う人と吸わない人などと。そんなことどうでも良い人とがたくさんいるのに、みんなに黒か白かって迫るわけですよね。

司会者: それを言っている人って若い人じゃないですよね。50、60歳くらいの人が言ってしまうのです。それが変なんですよ。私たちは二世代目でしょと。三世代、四世代はまた違った価値観を持っているはずだから。

黒崎: もう騙されないぞって思っている世代が出始めているのでしょうね。散々嘘をついている人を目の前にしていますからね。

北井: 嘘だと分かっていてもテレビを観ていると、無意識のうちにそのウソを受け入れるのでしょうね。

司会者: 今日はこうした健全な動き、流れがあって良かったですね。

黒崎: 今日はありがとうございました。


北井秀昌

古布をはじめとした本物の日本の布を使って、髪飾りや小物を製造・販売する和布の小物専門店「おはりばこ」店主。キセルが好きが集まる一夜限りの煙管パーティ「喜狂家」を主催

岸田静子

たばこ販売店「キシダサービス」経営