禁煙ファシズムにもの申す

禁煙ファシズムにもの申す

文学者 小谷野敦の禁煙ファシズム闘争記

安倍内閣が改造されたと思ったら、たちまち総理は辞職、へヴィースモーカーの麻生太郎が総理になるのかと期待したのも僅か一日半、福田康夫の、親子二代総理就任となった。


改造内閣で、舛添要一先生が厚生労働大臣になり、私は先生に『禁煙ファシズムと戦う』を、手紙を添えて送った。

先生などと書くのは、大学院時代に、文学専攻の私が、場違いにもそのゼミに出席していたからである。もちろん、その後は接点はない。

だが、現在の「禁煙ファシズム」が、分煙でよい、と多くの喫煙者が言っているのに、たちまち、建物内あるいは敷地内全面禁煙とか、新幹線全面禁煙とかになってしまうのが、社会の動きの一方への極端な動きであることだけは間違いなく、国際政治を専門とする舛添先生は、世界の歴史上、良かれと思って始められた動きも、極端に走ればいずれ崩壊することをよくご存知だろうと思い、そのことを手紙に書いた。


しかし、自民党一党支配が長く続く中で、むしろ日本の政治は官僚がやっていると言ってもいい。禁煙運動は、今や厚生官僚の存在意義の重要な一部分だから、大臣といえども(いや、大臣程度では、と言うべきか)軽々に動かすことはできまい、ただ、これ以上、無意味に喫煙者を迫害するような動きは止めるよう、お願いした。

その一方、『文藝春秋』十月号に、山崎正和、養老孟司両氏による、禁煙ファシズム批判の対談が載り、日本禁煙学会という「学会」と名乗っていても誹謗中傷をこととするイデオロギー団体が公開質問状を出したという。

もっとも大新聞でこの件を報道したのは、禁煙ファシズムの急先鋒とも言うべきサンケイ新聞だけである。しかし、文春の同じ号には、日野原重明の、長生きの秘訣みたいな文章も載っているし、むしろ禁煙学会が騒いだために宣伝になっているほどだ。

禁煙学会は、タバコが肺がんの主原因ではないという証拠を示せ、と言っている。これは「悪魔の証明」である。何かが「ある」か「ない」かという議論では、「ある」と主張する者の方に、より大きな立証責任が課せられる。さて、しかしそう言えば、禁煙学会は、世界中にたくさんの論文があって、WHOもそう言っている、などと答えるだろう。

私に議論をふっかけてくる者の中にも、WHOその他の機関が云々、と言う者がいる。その辺の庶民ならいざ知らず、東大卒というような者までそういうことを言うから、いったい東大で何を学んだのかと思う。

ではガリレオ・ガリレイに自説を撤回させたローマ法王庁は正しいのか、人種差別撤廃決議案を葬った国際連盟は正しいのか、国連決議は常に正しいのか。ガリレオの話は過去のことで、現在の科学はそういうことはしないなどと考えるのは、能天気に過ぎよう。

WHOが善意の団体であるかどうか、それは斎藤貴男の「禁煙ファシズムの狂気」を読み直してよく考えるべきだろう。たとえば地球温暖化についても、CO2の排出によって温暖化が起きているという説は、今なお疑念にさらされている。


何度でも言うが、ではWHOや厚生労働省、禁煙学会が、本当に人々の健康を懸念する善意の団体であるなら、なぜ自動車の走行をもっと厳しく制限すべきだと言わないのか。

自動車の製造販売が、資本制を支えているからではないのか。


そんな団体の善意など、私にはとうてい信用できない。私は、自動車の窓からタバコを差し出して灰を落とし、果てはタバコの吸殻を投げ捨てて去る奴を見ると、追いかけて行ってぶん殴ってやりたいくらい腹がたつ。もう東京の中心部は、どこでも路上喫煙禁止になっているが、自家用車に乗って吸う分には誰も咎めないし、ポイ捨てを咎めようにも走り去ってしまえばそれまでだ。

つまり路上喫煙を禁止すれば、自家用車内で吸う人間が増え、新幹線を禁煙にすれば、自家用車で出かける喫煙者が増える。自動車の売り上げ倍増、と来て、禁煙運動は、自動車の害から目を逸らすだけでなく、一石二鳥、自動車業界にとってはまことにうまい話だから、WHOや禁煙学会、禁煙団体が、自動車会社から金を貰っているのではないかと疑われるのも当然であろう。

最近、飲酒運転が厳罰化され、自動車にも厳しい世の中になっているではないか、と言う人がいるかもしれないが、飲酒運転はもともと違法行為である。対して、喫煙は合法行為である。

さて、禁煙学会にせよ他の禁煙推進派にせよ、どういうわけか、根拠を示せ、と言うと、外国の論文のURLを出してくるのが普通である。

しかしここは日本である。そこまでタバコの害について広めることに熱心なら、なぜそれらを日本語訳して刊行するといった努力をしないのだろうか。

私は『禁煙ファシズムと戦う』に、「受動喫煙の害」を否定するエンストロームの論文の邦訳を載せたが、これに反駁するために、やればいいではないか。

しかし世界中で、受動喫煙の害を否定するような論文を書けば、袋叩きにあって学界で出世できない、というようなご時勢で、まともな議論ができているはずはないのである。

川端裕人のような東大卒の、しかも理系に近いとはいえ科学哲学を専攻した作家に、それくらいのことが分からないのが、私には不思議でならない。

小谷野敦:東京大学非常勤講師
比較文学者
学術博士(東大)
評論家
禁煙ファシズムと戦う会代表
2007.10.01