禁煙ファシズムにもの申す

禁煙ファシズムにもの申す

雲造院杢杢愛煙信士のつぶやき15
雲造院杢杢愛煙信士

某月某日

品性は顔に出る

先日、空港ビルへ行く歩道で、前をよちよち歩いていた高齢のご婦人が、突然よろめいて転倒しかけた。私はとっさに走りよって支え、待合所まで連れて行ってあげ、大変感謝された。

ところが世の中は広いようで狭い。このご婦人はなんと数ヶ月前に空港の喫煙室まで入って来て、さんざん不愉快な思いをさせてくれた、あのマントヒヒ婆さんだった。

「この前はちょっと言い過ぎました。ごめんなさいな」と謝られ、何故嫌煙運動をしているかを語ってくれた。

息子さんが開業医をなさっていて、嫌煙運動に情熱を捧げていたそうだ。それがお気の毒に肺癌でお亡くなりになった。この亡くなった開業医の息子さんは、たばこが大嫌いで、一切喫ったことがなかったにもかかわらず肺癌になってしまったそうだ。

そこで、この高齢のご婦人は、息子さんが情熱を注いでいた活動を引き継ぐのが供養になると嫌煙運動の連中にそそのかされ、彼女なりの嫌煙運動、即ち喫煙者攻撃に励むことにしたという。

彼女流の嫌煙運動とは、喫煙者を見つけると、走り寄ってタバコを止めなさいと「注意」するとのことだったが、その「注意」とやらの内容を仔細に伺うと、一方的に罵声を浴びせて非難するということだった。

要するに自分が絶対正しいと信じ込んで、周囲や他人の迷惑も何も考えず猪突猛進していたわけだ。嫌煙大政翼賛会のマスコミも煽り立てるから、彼女はそれが「正義」だと信じ込んでおられた。高齢のご婦人だから、攻撃された方も我慢するが、若い人がこうした活動をすれば、無事では済むまい。

私も何度か被害を蒙ったが、嫌煙団体の熱心な活動家のご婦人にはこの手のタイプが多い。思い込んだら命がけ、虚仮(こけ)の一心というやつだ。目つきを観れば、すぐにわかる。尋常ではない。目がイッている。テレビでよく拝見する民主党の元首相や現閣僚諸氏のご尊顔を思い浮かべれば見当がつくはずだ。

それはさておき、最愛の息子さんはたばこを一切喫わなかったのに、肺癌になってお亡くなりになった。だから喫煙者を攻撃するというのはまるで理屈に合わない。嫌煙運動に熱心な似非学者サンが、副流煙で癌になるというデタラメを吹聴しておられるが、脳の故障による妄想の類だと思う。

ある意味でまことに不幸な方だったが、待合室で、私が喫煙室に行って一服しようとパイプを取り出すと、お題目の様に「たばこを止めなさい」と連呼された。目にある種の狂気が浮かんでおられる。

馬鹿馬鹿しくて相手にする必要もないのだが、早世した私の母が生きていたらこの方ぐらいの年齢かなと思ったので、嫌煙運動の洗脳から助けて差し上げたいと思い、じっくりとお相手した。

「奥様、もう一度伺いますが、ご令息はたばこを喫わなかったのですよね」

「当然ですわ。大嫌いなたばこなど喫うものですか。見るのも厭だったと思います。それよりも、あなたに子供を亡くした気持ちがわかりますか?」

「よく判りますよ。つい3週間ほど前に末娘を思いもよらぬ急病で亡くしたばかりですから……。実につらいですよね」

「あら、それは……。大変でしたね」

お互いに子供を亡くしたと言う共通点があったからだろう、先ほどまでの一方的に喫煙者を断罪し、攻撃する口調がやや穏やかになっていった。

「立ち入ったことを伺いますが、ご主人はたばこは喫われましたか?」

「結婚した頃は吸っておりましたが、子供が出来てからは止めました」

「そうなると、ご子息が肺癌になった原因がたばこだと言うのは、まるで変ではないですか?」

「そうは言っても、息子は毎週の様に貴方達たばこ喫いのところへ行って、啓発活動をしておりましたのよ。息子の友達のお医者様はそれが肺癌の原因だと言っていました」

「その程度で本当に肺癌になるのなら、たばこの煙が蔓延している様なところで働いている人たちは全員肺癌になりますよ。ありえませんね。失礼ながら、そのお医者サマと言う方は、トンでもないヤブ医者です。他に何か原因があると考えられませんか?」

「……………」

そこで私は、たばこを一切喫わなかったのに肺癌になった後輩の例など色々の話をした。嫌煙運動屋サンが主張なさることのおかしな点や矛盾点を諄々と指摘していくと、このご婦人、段々と考え込む様になっていった。

偶然、同じ飛行機に搭乗することがわかり、席が空いていたので客室乗務員さんに頼んで隣の席に変えてもらい、さらに話を続けた。

飛行機が着陸する頃には、「そうですよね」とか「確かに」とか、相槌をうたれるようになり、憑き物が落ちた様に普通の顔に戻っておられた。

品性は顔に出ると言うが、数ヶ月前はマントヒヒの様な品の無い面相で私に食って掛かったのが、ご自分の間違いに気が付いて、穏やかに話されるようになると、上品なおばあさまに戻っておられた。

空港で別れる時には、笑顔で別れた。

良い事をしたと思う。
嫌煙運動にのめりこんで心が歪んでしまっていた方を、わずか一人とはいえ、まともな道に戻したのだから。


某月某日

愛煙家、池波正太郎先生

早いもので、池波正太郎先生がお亡くなりなってもう22年たった。

偶然、銀座の寿司屋で先生にお会いした時、「剣客商売」が好きで毎月小説新潮を買っていること、愚娘を登場人物にあやかって三冬と名づけたこと、20歳の時からパイプを喫っていて、先生と同じ銘柄が好きなことなどを申し上げたら、気に入っていただき、以来、可愛がっていただいた。

先生はお食事の時以外は、お酒を飲まれる時もシガレットを喫われていた。口からシガレットを離されなかったというのが正確だろう。

一日に何本ぐらい喫われるのか伺ったら、「シガレットは60本から100本ぐらいかな。それに葉巻に煙管、パイプも時々喫う」とのことだった。

小説を執筆中は、一晩で80本くらいは喫うとのことだった。

「僕は、たばこのおかげで小説が書ける、文中で主人公が一服つける時は、僕が紙巻たばこでは物足りなくなった時で、その時はパイプに手を伸ばす」ともおっしゃった。

13歳の時から様々なたばこを喫っておられたことも伺った。

愛煙家、ヘビースモーカーの名称に一番ふさわしいのは池波先生だったと思う。

2012.06.26