禁煙ファシズムにもの申す

禁煙ファシズムにもの申す

書評 禁煙ファシズムと断固戦う! (小谷野敦著 ベスト新書)
愛煙幸兵衛

「禁煙ファシズムと戦う会」の小谷野敦会長が、久々に警醒の一冊を世に問うた。小谷野氏は東大構内での一切の禁煙を強制する馬鹿な規則に抗議を申し立てたという些細な理由により東大非常勤講師を理不尽にも解雇され、しばらく失意のうちに沈潜していた感があったが、世を狂わす奇矯なる禁煙ファシズムの専横を思想家として見るに見かねて、再び闘志が沸々と燃え滾ってきたようだ。

待望の一冊の出版に、同憂の一愛煙家としてまず慶賀の意を表したい。

小谷野氏が評論家の斎藤貴男氏、栗原裕一郎氏と西暦2005年に共著で上梓した快著「禁煙ファシズムと戦う」(ベスト新書)は、一部の狂信的嫌煙者に煽動されたマスコミ等の異様なたばこ・喫煙者攻撃に疑問を持つ一般読者層の広範な支持を得て売れ行き好調で、ロングセラーになっている由。本書「断固戦う」は、2005年以降、小谷野氏が日本パイプクラブ連盟のホームページに連載した記事に、雑誌等で発表した記事などを一冊に纏めたもので、「禁煙ファシズムと戦う」の続編という位置付けである。

二匹目の泥鰌と言う勿れ。禁煙ファシズムあるいは禁煙ナチズムの危険性と有害性、問題点は、世を憂う多くの識者が既に剔抉し尽くしている。本書はそうした禁煙ファシズムの病痾を理路整然と指摘する評論集という性格のものではなく、2005年以降、益々深刻化している禁煙ファシズムに単騎果敢に挑んだ闘争記と云うべきものである。

本書の中心となっている内容は、小谷野氏が喫煙を理由に東大非常勤講師を雇い止めによる解雇処分を受けた顛末記。詳細は本書を読んで頂きたいが、世に媚びた東大の権力者による問答無用の喫煙者排除、一切の異論を許さない教条的姿勢は、読んでいてFranz Kafkaの「審判」の不条理劇を彷彿とさせるものがある。

大学には学問の自由、大学自治というものが歴史的に認められてきた。宗教や世俗的権力が学問に容喙して、知の逼塞状況を招来することがないようにという歴史の智慧から生まれた不文律である。自民党政権全盛期にも、左翼学者は大学自治を楯に、学問の自由の名による政権批判を身の危険もなしに謳歌したものだ。戦前においてもマルクス思想などの我が国体に合わない思想の研究も、学問の自由の名の下に許容されてきた。西洋諸国においてもしかり。共産体制国家においても学問の自由は北朝鮮の金王朝、カンボジア・ポルポト政権などの極端なアジア的専制国家を除き、ある程度は許容されていた。

ところが、小谷野氏の解雇実録記を読むと、東大においては大学権力者が学問の自由を綺麗さっぱりと忘れ去り、いかにも小役人の思い付きそうな詰らぬ禁煙ルールとやらが大いに幅を利かせているそうな。本末転倒も甚だしい。何某とかいう大学権力者が個人の趣味嗜好で恣意的に決めた禁煙ルールに、不届きにも背く非常勤講師風情は、切り捨て御免ということらしい。禁煙ファシズムに嬉々として媚び諂う輩が大学権力者としてのさばり、放埓なる権力行使を楽しんでいる様子が活写されている。

東大の権力者サマに告ぐ。我が日本国では、国家であろうと大学であろうと企業であろうと、「権力は努めて抑制的に行使する」というのが、組織を円滑円満に運営する智慧ですぞ。身分不安定な非常勤講師を、己に楯突くから不届き千万と馘首して恬として恥じない倣岸極まる姿勢は頂けませんな。

小谷野氏を解雇した当時の東大権力者は、定年退職後に某大手財閥系企業のシンクタンクに目出度くも天下りしたそうである。その御仁が、大手新聞の新聞への寄稿で、鳩山由紀夫首相が国連総会で唐突に唱えた地球温暖化効果ガス25%削減目標を手放しで礼賛していた記事を最近読んだが、読んでいてそのお目出度い単純思考に思わず憫笑を禁じ得なかった。多くの人が読む新聞に、お悧巧さんの中学生の作文のような文章を寄稿して、聊かも恥じぬ肥大神経の持ち主らしい。ご自身はとてつもなく偉い学者だという自負をお持ちだろうが、まあ、せいぜい勝手にそう思っていなされ。

純真爛漫思考丸出しの理科系頭でござろうと、教員の人事権を握る天下無敵の総長のご身分になった以上は、宗教と政治と政治が三つ巴で織り成してきた相克葛藤の歴史に謙虚に想いを馳せ、大学人として大学の自治、学問の自由の伝統を自らの血肉にしておいて頂かないといけませんな。

 往年の媾和条約締結問題で、宰相吉田茂は西側諸国との多数媾和を目指す政府方針に反対して、共産圏諸国も含めた全面媾和を主張する南原繁東大総長を「曲学阿世の徒」と罵った。時の流れは吉田茂が進めた多数媾和が正しく、南原の主張は学者莫迦の空理空論だったことを証明している。昨今の東大権力者が「曲学」かどうかは知らぬが、「阿世」のいじましき伝統だけは、しっかり受け継いでおられるようだ。

 禁煙ファシズムに代表されるピューリタン的全体主義運動に対する今の大学人の知的水準の低さと危うさ、その怯懦ぶりを如実に示す現代史の現在進行形の一次資料として、さらに禁煙ファシズムの跋扈に敢然と戦いを挑む自由の闘士小谷野敦氏に深甚なる敬意を表して、本書を江湖に推したい。

2009/10/30