パイプの愉しみ方

パイプの愉しみ方

フェイク・パイプ

フェイクやイミテーションの世界は、いろいろな商品分野に存在するが、パイプにもある。韓国に行った時、ルイ・ヴィトンの明らかにコピーと分かるバッグが売られていた。手にとって見ていると、店員がやってきて「本物のコピーがある。」と言う。ということは、理論上店頭にあるコピー商品は、「本物のコピー」でないことになる。ではなんなのか?理解に苦しむ論理の展開だ。喫煙具の世界でコピー商品は、パイプの世界よりライターの世界に多く存在する。ジッポーである。1980年代のベトナムジッポーあたりから、怪しいジッポーが出てきた。ベトナム戦争時にアメリカの兵隊が部隊ごとのシンボルマークや、軍艦、戦闘機等をモチーフにした個人名入りのライターである。モノマガジンの表紙を飾った、弾丸がライターに当たって、兵士が命拾いをした伝説的なジッポーが、大きく影響をした。1万円以下で売られていたものが、最高の高値で売買された時には、4−5万円まで上がったものだ。しかし、フェイクの大量流入によって、直ぐに売れなくなってしまった。ご存知のように、ジッポーライターの底面には、製作年代を特定する刻印がされている。明らかに1960年から1975年までの戦争期間中の刻印ではなく、1980年代の刻印である。それも日本で売られていたものである。ご丁寧に時代までつけてある。「時代をつける」とは骨董業界では、古く見せる加工がされていると言うことだ。金ブラシで擦って傷をつけ、土の中に埋め込んでサビをつけるのである。中でも笑ってしまったのは、6個組になった売りに出されたベトナムジッポーを見たときであった。全て兵士の名前入りのものであった。その中の二つのライターの側面に名前がG.FevorとY. Roddyとある。
直ぐに思い出したのは、1959年から放送されたテレビの西部劇「ローハイド」のフェイバー隊長と、クリント・イーストウッド扮するロディーだ。G. Febor これはGil FavorのことでY. Roddy は、Rowdy Yatesであろう。 きっとこのフェークを作った人間は、ローハイドを見ていた年代に違いない。それも、かなり業界に詳しい人間に違いない。私の推理だが、彼の年齢は、当時30歳代で骨董業界に詳しい人間だ。骨董業界でたまにフェイク商品を、「これは間違いですね」と表現することがある。「間違い」すなわち贋物。名前の綴りをワザと間違えることによって、これはフェイクであるとの謎解きを仕掛けている。このフェイクを作った人間にしてみると、「俺は嘘を言っていない。ちゃんと間違い品であることを認めているのだぞ。だって綴りが間違っているだろ」と言いたいのではないか。どうせボトムの刻印を見れば、ベトナム戦争時代のものではないから、判ってしまうに決まっている。まあ、遊びついでに作ったものだろう。それはそれで買う方も知っていながら買う。志ん生の「火焔太鼓」に出てくる「小野小町が鎮西八郎為朝のところにやった手紙」「岩見重太郎の草鞋」「平清盛の尿瓶」である。あるわけのないものがあるからおもしろいというヤツだ。この手のものは、1万円以下で売られていた。あまりにもフェイクが出回っているので、売る側もベトナムジッポーの「フェイク」として堂々と表示して、売っていた店もあったくらいである。もちろん値段も安いし、お客さんに対して嘘をついていないし、問題はないと言うことだろう。 喫煙具の世界ではフェイクは主にライターであるが、パイプもある。パイプでは殆どと言っていいくらいダンヒルである。デンマークでも一時、アンネ・ユリアのレッド&ホワイトのマークを吸い口に入れて作っていたメーカーが、1980年代初めに出回ったが、すぐにアンネ・ユリアの抗議により直ぐに止まった。刻印はラスムッセン”Rasmussen”だった。アンネ・ユリアの最初の夫の”Paul Rasmussen”の刻印ではない。ラスムッセンだけである。ラスムッセン“Rasmussen”と言う苗字はごく一般的なデンマークにある姓である。イタリアのレストランでサバティーニにというと超有名なイタリアンレストランである。しかし、ローマのサバティーニとフィレンツェのサバティーニが違う会社によって運営されている。名前は同じであるが違うのである。標章権の及ばない範囲でどうしようもないのだ。アンネ・ユリアにしてみればフェイクであるが、パイプを作った本人がラスムッセンであればいいのだろうということだ。現在でも、Kent Rasmussenという若い作家がいることでも証明される。Kent がRasmussenの前についていて、レッド&ホワイトのスポットマークがないからアンネ・ユリアも何も言うことができない。 さて、ダンヒルパイプのフェイクである。中でもおもしろかったのは、イタリアのローマで見たものだ。ファクトリーメーカーや作家が内緒で作ったものではない。素人が作った明らかに「間違い」がはっきりと分かる。パイプにちょっと興味があるスモーカーなら直ぐに分かる代物である。シェープはビリアードのシェル。仕上げは勿論サンドブラスト加工、刻印はDUNHILL SHELL と MADE IN ENGLAND パテント番号は、PAT.NO.417574に続きアンダーバーに17である。SHELLの刻印の前後に「 " " 」がない場合の刻印は、1935年以降だから1937年のダンヒルということなのだろう。しかし、ひどいパイプであった。我々がよく言う「ガタガタなパイプ」である。シェープのバランスは悪い。ペーパー目は残っている。ダボはユルユル。エボナイトは粗悪。よくまあこんなパイプに刻印を大枚払って作ったものだ。まったく刻印代も回収できていないことだろう。しかし、またどこかのアンティークマッケットで見かけたら買うことにする。結局、買ってしまう私の負けだ。笑ってしまう「間違い」パイプとしてのコレクションにする。

柘 恭三郎